セトと甘えた彼女



目を開けると、既に外は明るくなっていた。体を起こしかけて、自分の腕を枕に眠る少女の存在に気づく。

そういえば、昨日は怖い夢を見たからと言って泣きべそをかいていた彼女に、腕枕をしてやったんだっけ。もちろん添い寝をしただけで、それ以上の事もそれ以下の事もしていないのだが。

俺が起きた時、僅かに腕を動かした事で違和感を覚えたのだろうか。俺に密着してすやすやと眠っていた名前は小さく唸って身じろいだ。

長いまつげの1本1本を愛おしい思いで見つめる。すると彼女のまぶたがゆっくりと開き、そのまま視線が俺を捉えた。

「セ…ト……?」

小さな唇が小さく動き、俺の名を呼ぶ。それがたまらなく可愛くて、自分の口が緩むのを感じながらあいている片手でそっと名前を撫でた。

「おはよ」

それから、彼女の頭の下に置いていた腕を自分の方へ引き寄せ、同時に頭を撫でていた手で彼女の背中を支える。そうして名前を自分の腕の中に閉じこめると、まだ意識の朦朧としている彼女も全く抵抗する事なしに抱きしめ返してきた。

「ぐっすり眠れたっすか?」
「…ん。セトがいたから安心した…」

俺の肩口に鼻先をうずめ、もごもごと答える名前。

「……あのね、夢見たの」
「うん」
「セトが、ずっと私の手を握ってにこにこ笑ってるの」
「…うん」
「何でそんなに嬉しそうなのって聞いたらね……なんて言ったと思う?」
「んー…?」

少しの間、考える。名前のつむじに顎を乗せ、自分ならこう言うかなと思った答えを正直に言ってみた。

「名前が可愛いから」

反応はなかった。ただ、シャツを掴む彼女の力が僅かに強くなったくらい。伝わる体温と拍動が、緩やかに上昇するのが解った。

「……正解?」
「……………せーかい。なんで解ったの?」
「俺ならそう答えるっすからね」
「……私ね、すっごい照れた。別に自分の事可愛いとか思わないし、セトの目がおかしいんじゃない? って」

それは違う、と言いかけた俺だったが、まだ彼女の言葉には続きがあった。

「でもやっぱり、嬉しかったりしたんだな」
「名前……」

名前は顔を上げ、俺と目を合わせた。何かをねだるような眼差しに微笑みながら、せっかく開いたまぶたにキスをして、また閉ざしてやる。

「……ねー、セト」
「ん?」
「私、毎日こうやって起こしてほしいかもしんない」

甘えるような声音。まだ眠いのか、ゆったりとしたテンポだった。

「毎日こうやってぎゅってして、その日見た夢の話をして、笑い合うの。セトのぼさぼさの髪の毛も、眠そうな目も、好きって言ってくれる言葉も、全部私が独り占めするのー」

楽しそうに笑いながら言う名前は、途中で自分の言葉が恥ずかしくなったのか、ぐりぐりと俺の胸に頭を押しつける。俺の腕にすっぽりと入ってしまうくらい小さな彼女の、小さなおねだり。それは俺に身に余る程大きな幸せを運んできた。

「まったく、名前は本当に甘えたさんっすね」
「セトが甘やかしてくるんだもん、しょうがない」

成程、それは確かにそうかもしれない。だってこんなに可愛い子、甘やかさずにはいられないんだから。

「もちろん、名前がそうしたいと思うならいつまでも。なんなら2人でずーっと、一生、このまま密着してても良いんすよ?」

ただ、たまには冗談だって言ってみたくなる。まぁ、それだってやぶさかではないけどね…なんて思いながら言ってみると、案の定彼女は慌てた様子で俺の背中を放した。

「そっ、それはもったいない!」

…もったいない?

てっきり怖がられると思っていた俺は、ぽかんとして名前の言葉の続きを待つ。

「だって考えてもみてよ、春はお花見するの楽しいよ? 夏には花火だってしたいし、秋は紅葉狩りをしたい。そんで冬はおこたでみかんを食べるの。…いや、そんな大袈裟じゃなくてもいい、一緒にお買い物行ったりお料理したり……。でもずっと寝てたら、それ全部できなくなっちゃう。それはもったいない」

用意していた「なーんて、冗談っすけどね。びっくりした?」の言葉が引っ込むくらいには、驚いた。そして一生懸命思い出作りの計画を考える彼女の姿に、殊更に強い愛おしさも覚える。

「…そうっすね……。いろんな事をして、いろんな可愛い名前を見なきゃ確かにもったいないっす」
「その理屈は解んないけど、そうでしょ? だからこれは朝だけのスペシャルタイムで良いんだ」

再び俺に密着しながら、最後には笑ってくれた名前。その華奢な体をぎゅっと抱きしめて、俺も今だけのスペシャルタイムを満喫する事にした。

「セト」
「なんすか?」
「すきって言って」

わざと幼稚な言い方で、照れ隠しする名前。そういえばさっきも「好きって言ってくれる言葉も独り占めするの」と言っていたし、成程「すき」の言葉がたくさん欲しいという訳か。

しかし、ただ言われた通りに言うのでは「頼まれたから好きと言う」ような気がして嫌だ。あくまで俺は主体性いっぱいに彼女が好きなのだ。

だからあえて耳元まで唇を近づけ、細い肩を抱きしめながら、精一杯の愛を込めて囁いた。

「……俺だけが名前の事、好きなんすよ」

カノやシンタローさんが彼女に言う「好き」なんかとは違う。もちろん、キサラギさんやキドやマリーが言う「好き」とも。
この気持ちは、この彼女への「好き」は、俺だけが持ってて良いもの。

彼女が俺のぼさぼさ頭や夢の話や好きの言葉を独占するというのなら、俺はこの気持ちごと独占してやるんす。

――――っていう思いの、どこまで伝わったかは正直解らない。でも、腕の中で聞こえた名前の照れ笑いは、彼女が今幸せいっぱいだという事を教えてくれた。

「……前言撤回しても良いかな」

つられて笑っていると、もごもごと名前が言ってくる。

「?」
「朝だけのスペシャルタイムで良いって言ったけど、とりあえず今日はお昼まで…こうやっていたい」

何が撤回されるのだろうと思いながら聞いていた俺は、そんなお願いについ拍子抜けしてしまう。しかし、じわじわと自分の顔に笑顔が戻るのを感じながら、俺は彼女にもう今日だけで何度目か解らない小さなキスを落としたのだった。

「もちろん。喜んで」









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