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 proof(白猫・カルマ)


「そういえばカルマって両耳にピアス付けてるよね」
 副業であるエンジニアの仕事が一段落し、久々にまともな食事をしていた時だった。
 そう言った目の前の恋人は、先ほどと変わることなくカルマの顔、もとい耳をまじまじと見つめている。
(気付いてなかったのか、コイツ)
ふたりは付き合ってそこそこ経つ。
 ピアスの存在を知らなかった事も驚いたがそれ以上に、なんで急にそんな話を振ったのか不思議だった。そしてすぐさまその理由に至る。
 航空会社への潜入依頼を受けた際、髪を切ったのだ。だから目に付きやすくなったのだろう。
「いくつで開けたの?」
「あー……十五、六ん時くらいか? 覚えてねェ。なんだ、興味あんのか」
「興味ないって言ったら嘘になるけど……その……」
 なぜか言い淀む彼女に目線で続きを促すと、恐る恐ると言ったように口を開いた。
「だって……怖いし」
「は?」
 思いもよらない回答に、我ながら間抜けな声が出てしまった。
「だって考えてもみてよ、身体に穴開けるんだよ? 絶対痛いじゃん! やだ怖い!」
「たかがファッションで重く受け止め過ぎだろ」
 彼女の場合は極端だが、恐怖を感じるのもまあ分かる。自己流でやるとより、危険が伴うからだ。初心者なら医者へ行くか、もしくは――
「なら俺が開けてやろうか」
 経験者にしてもらうのが無難だろう。
「え、絶対ヤダ……もっと怖い」
「よし、これ食ったらピアッサー買って帰っからな」
 余計な事を言うんじゃなかったと顔を真っ青にする彼女を尻目に、彼はいつものように喉で笑った。

「んじゃ、やるか」
「ままま待って待って!! まだ心の準備が出来てない!!」
「こういうのはサクッと終わらせた方がいいぜ。一番痛みを感じにくいなら……ココだな」
 親指と人差し指で挟みながら捏ねるように耳朶に触れると、面白いほど肩が跳ねた。その反応に気を良くしたカルマは、今度は耳の後ろをさする。
「ちょ、やだカルマ……っ、やめて……」
「耳朶は痛みや熱さに対して鈍感な部位だからな。お前も火傷した時に反射的に触るだろ」
「……ん、そんなこと、聞いてな……っ」
(軽く遊んでやるだけのつもりだったのに)
 声が出そうなのを堪えながら息を漏らす姿。それがより、カルマの加虐心に火を付けていき、脳裏を掠める『押し倒す』という選択肢。
 しかしすぐに本来の目的を思い出し、なまえがぐったりしている隙にピアッサーを貫通させた。
 少し経って痛みが伴ってきたのか、なまえの顔が歪み出した。
「カルマ、まさか……」
 元から人相は良くない自覚はあるが、今の自分はさぞかし悪い笑みを浮かべているだろう。
「待ってって言ったのになんでそういう事するの……っ、あ! しかも二箇所も開いてるじゃん!」
「ククッ……でもお望み通り、ちゃあんと穴は開いたぜ?」
「もう、バカバカ! バカルマ!!」

 数週間後。無事、なまえの耳朶にふたつのピアスホールができた。
「アフターケアはちゃんとサボらなかったみてえだな。感心感心」
 報告に来たなまえの耳を見ながら、カルマは満足げに笑う。彼もまた、他人のそれを開けるなど初めての経験だった。そもそも、自分が失敗するとは少しも思っていなかったが。
「だって、ちゃんとやらなきゃもっと痛い思いするの私だし。それに――」

 カルマが開けてくれたから。
 
 指先でそっと触れる仕草。俯いた顔は、ほんのり赤く。
 自分にとって、この痕は特別なのだと彼女の表情が、声色が、言葉が物語っている。
「来な」
「えっ」
「いいからこっち来い。それから目ェ、閉じな」
 困惑しながらも指示に従ったなまえの耳のふち。それを辿るように横髪を掛ける。微かに声が漏れ出た。
 やはり彼女はここが弱い。今ので確信した。
 もう少し責めてはみたいが、それは次のお楽しみだと、彼は用意していた物を上着のポケットから取り出す。
「もういいぜ」
「急に何?……あっ」
 目の前に置かれた鏡。そこに映るのは、ミントグリーンの小さな石とシルバーのリングピアス。
 どちらも、なまえの耳に嵌められた物だった。
「カルマ、これ……」
「やる。あとはお前の好きにしろ」
「うん、ずっと大事にする。ありがとう!」
 いつまでも鏡を眺めるなまえを見て、次にピアスを買うときは、彼女の好きな色にして二人で一つずつ身に付ける。
 密かにそう決めたのだった。

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