俺は、あいつのことがすげぇ好きだ。あいつの全てがすげぇ好き。一緒のスクールに通って、一緒にテニスしてたあいつが、まさか中学でチア部に入るなんて、思ってもなかったんだけどな。それでも俺に向けてくれる笑顔だとか、そのとき見える白い歯だとか、全部が全部、すげぇかわいく見えんだよ。それはチアの衣装のおかげとかじゃなくて、あいつ自体がまじでかわいかった。好きだからっつったら、その一言で片付けられっけど、そんだけじゃねぇ感じ。あいつのかわいさの中には、目には見えねぇ強さみたいなもんがあったような気がする。


「ブン太ー!」
「お?どしたんだよ?」
「見ててっ!」


休み時間、校庭から教室に向かって叫ぶあいつは、次が体育らしい。だっせぇジャージ。でもなんか、着こなしてんだよな、お前。うける。とか思いながら見てると、端から小走りしてるあいつが見えた。その瞬間、校庭のど真ん中で、側転とかっていう器械体操的なものを、クルクルクルクルやってのけた。一本の綺麗な線が、宙に舞う。決して曲がることのない、一本の強い柱。俺だけじゃない。そこにいた誰もが目を奪われるくらいに、あいつは力強い人間に見えたんだ。すっげぇ。最後はバク転しやがったし。あいつの両足がパッと着地した瞬間、拍手が起こる。たくさんの人があいつを見てた。それでもあいつが選んだのは俺だったんだ。ピースを傾けてあいつは俺に向かってこう言った。


「どう?天才的?」








いつからこの言葉が、あいつのものじゃなくて、俺の口癖になったんだっけな。気がつけば言ってた。好きと同時に、憧れだったんじゃね?お前っていう人間が。やろうと思えば、何でもできたお前がうらやましかったんだよ。天才肌ってやつ?でも本当は、そんなんじゃなかったんだよな。なんつーか…、お前って、諦め悪いっつか。できるまで、何回も何回も失敗して。失敗した数だけ成功する、みたいなこと比呂士が言ってた気がするけど、まじでその通りだと思った。勉強も部活もできるあいつには、まさに完璧とか天才とかって言葉が合って、いつの間にか俺とは遠い存在になってて。


「寂しいよ」


そう言われて、俺も同じだよって、俺も寂しいって、何で言えなかったんだろう。気持ちは一緒だった。こんなに近い距離にいるのに、遠く離れてってるお互いを確かに感じてた。なのに俺は。どうして。手を差しのべてやることが、あんなに難しいことなのかよ。受け止めてやることが、あんなに躊躇うことなのかよ。俺ってそんなに、弱かったのかよ。人ひとり、好きな女ひとり、支えてやれなかった。天才、その重さを、拭いとってやれなかった。そんな、どうしようもなく、無力な俺から出た「大丈夫」という言葉を、受け止めて、お前はどう思ったんだよ?聞かせてくれよ。教えてくれよ。何もできねえ、何もねえ俺に、お前のその優しい声と、温かい表情で、全部を向けてくれよ。今なら、ちゃんと救ってやれる気がすんだよな。お前の気持ちも、俺の気持ちも。


「好き」
「俺も、だぜ」


お前のこと、どうしようもなく好きだった。いや、好きだ。今も昔も変わらず、俺はお前しか見てなかったんだぜい?お前のこと好きになって、色んなこと知った。努力すればできないことはないこと、笑ってれば楽しいこと、強さと弱さは紙一重ってこと。受け止めてやれなかった俺に、お前はこんなにたくさん与えてくれたんだよ。なぁ、またさ、色々教えてくんねえ?天才っつー言葉を背負って生きたお前の代わりに生きる今の俺なら、弱さとか辛さとか、人一倍わかってっから。だからさ、もう一回、


「言って、仁王」


丸井…と俺の名字を呟く声は確かに仁王の声。でもな、目閉じて、お前の顔とか雰囲気とか仕草とか、頭ん中に浮かべると、ほら、お前なんだよ。狂ってるって思われても仕方ねぇ。俺のこと好きって言う声は似ていても、ニセモノだってわかってんだよ。だけどさ、聞けなかったその言葉を、知っていたその言葉を、俺はずっと求めてたんだ。最期まで、1人で、辛さ抱えて、遠くにいったお前の分まで、俺頑張るから。負けねぇから。だからもう少し、目をつぶらせて。








泣けない俺の代わりに
鼓膜がないた




20000HIT 匿名様リクエスト
090628 丸井で悲しいものということでした。ブン太はきっと誰より強くて弱い。これでリクエストはラストです。ありがとうございました