「気がついたか」

静まり帰った保健室の中で、蓮二の声だけが響いた。私はコクンと頷くだけ。実はとっくの前から気がついていた。ベッドに横になる私の頭を、蓮二が優しく撫でてくれた、それより前から。足音が近づいてくる音だって聞こえていた。それが誰だか、見なくてもわかる自分に、何故だか哀しさばかりが込み上げる。


「まだ頭痛がするのか?」
「する」
「体温を、」
「いいっ」
「……春菜?」
「…ん、」
「……泣いて、いるのか?」


蓮二がそう言った瞬間、返事をせず、グスン、と鼻をすすったことを後悔した。大丈夫だよ、って明るく言えば、否、言えれば。そうすれば蓮二は、なら良かった、と言ってくれたはずなのに。付き合ってから、蓮二が私に言うのは、無理をするな、ばかりだ。自分がドジでマヌケなのは、十も承知だけど、それを優しく受け止めてくれるのが怖い。私が何をしても、蓮二はただ涼しい顔をしそうで。私は、蓮二が電話に出なかったり、他の女の子と話したり、笑顔を向けたりすることにだって、どうしようもなく哀しくなるのに。どうしようもなく頭が熱くなるのに。


「俺のせいか…?」


そうだよっ。この頭痛も、熱も、涙も、ぜんぶぜんぶ蓮二のせい。そんな風に、私の全ては蓮二でできてる。脳内成分は蓮二100パーセント。視線が欲しい、言葉が欲しい、温もりが欲しい、愛が、欲しい。そうやって、私の全ては蓮二を求めて、蓮二のために動いて、止まる。今は止まらなきゃいけない時だ。蓮二のために、蓮二に心配を、迷惑をかけないために、自分に歯止めをしなきゃいけない時間。なのに、私の歯車は止まらない。涙も、止まらない。


「だいじょ、ぶ…」
「ん?」
「大丈夫、だよ…っ」


止まらない。けど、止めなきゃいけない。そうやって無理矢理に造った言葉が、口から出てくるのには遅すぎた。頭までスッポリ被った掛布団越しに、蓮二のため息が聞こえる。哀しくなった。こんなに近くにいるのに、たった掛布団1枚の差が、あまりにも遠く感じる。布団を剥いで、手を伸ばして、哀しいって伝えることが、こんなにも難しいなんて。止まらない涙を止めようと、両手で目を伏せた瞬間、冷たい空気がベッドの中に入り込んできた。すぐにギュッと伝わる温もり。蓮二の腕が、私の身体に巻き付いている。


「れんじ…」
「訳を話してみろ」
「え…?」
「その涙の訳を、俺に話してみろ」


お前が俺のせいで泣いている確率、97パーセント。って、残りの3パーセントは何か気になったけど、そんなこと聞くより、訳を話すのが先だと思ってそれを話した。哀しんだよ?私は、蓮二のために動いているはずなのに、ちっとも蓮二のためになってなくて。蓮二は私と付き合ってて、良かったなって、思ってくれたことある?蓮二に見合う女の子になりたくて、無意識に無理をしていた私と。そんなことしたって、私は私なのに。だから、哀しいんだよ?蓮二のために、変われない私が。


「何を言っている」
「…?」
「勘違いも甚だしいな」
「え…」
「結論を先に言えば、それは、"哀しい"とは違う」
「哀しいじゃないの?」
「そうだ」
「じゃあ、何で私、泣いてるの?」
「なら逆に質問だが、好きな人のために変わろうとすることの、何が哀しいんだ?」
「…それは、」
「俺はお前が変わってしまうことの方が、よほど哀しい」


言葉にするのは、この世で最も難しいと思う。私を抱きしめる蓮二の腕がそう言っていた。見えないところで、蓮二も不安だったみたい。結局は誰も、誰かが変わることなんて望んでなかった。同じ気持ちだった。そう思うと嬉しくなって、蓮二の背中に腕をまわす。あたたかい。私は、私のままでも、蓮二から視線も言葉も温もりも、貰うことができた。何でわからなかったんだろ?体温が融け合って、また涙が溢れ出してから、蓮二はため息をついた。安心したような、うっとりしたようなため息を。


「よく覚えておけ」
「ん?」
「お前のその気持ちは、"哀しい"ではない。"愛しい"だ」










20000HIT 陸やんリクエスト
090516 柳は彼氏にしたら、絶対男前だというあたしの勝手な妄想によって書かれた(笑)この後スリリングな展開になれば、なおよし!←ありがとうございました