小さな頃から親父のことが憧れやった。親父を造り出す全ての要素が、俺には輝いて見えとった。そんな単純な理由で、俺は薬剤師になり、親父がおった病院で働いとる。病院での薬剤師の仕事は、薬局みたいに処方箋に従った調剤もするが、それよりも注射に使う薬の調合も多い。むしろその方が多いくらいや。大学入って、勉強しとったときからその仕事の内容は知っとった。けど、小さい頃から覚えてきた薬草の知識が、こんなにも役に立たんなんて思ってへんかったのも事実。
「白石先生」 「おん」 「これ、どこですのん?」
加えて俺は、感染制御チームにおる。院内での病気の感染の予防、処置を行うチームだが、今日でそれも終わり。上からのお呼ばれがきよったんや。ほんまのこと言うと、早くこんなチーム抜けたいと思っとったところやった。次に行けるんは、不治の病に対抗する薬を開発するチーム。俺がやりたいんはこうゆうやつや。依頼が来た瞬間そう思った。すぐに承諾もした。その日から、俺が抜ける穴を埋めるために呼ばれた彼女は、なかなか物覚えもええ。
「上から2段目」 「2段目?これ種類別やん、3段目の方がええんとちゃいます?」
しかも気がよう利く。俺がここで働くんに与えられた一室も、彼女に受け渡すことになっとる。並べられた器具は、すっかり彼女仕様。やけど俺が使っとったときよりも、使い勝手が良くなったんは認めんといけんな。…あ〜、それにしてもつまらんな。昨日も今日も明日も、調合調合調合。患者さんに直接会うこともあらへんさかいに、命を背負うとる自覚もあまり生まれてきぃへん。調合調合調合。俺に与えられた仕事はこればかり。移動先には少なくとも今より希望はあるが、調合の毎日には変わらへんのやろな。
「なぁ、」 「はい先生?」 「一緒に来ぃへん?」 「…え、何言ってはりますの」
ニコ、彼女に笑顔を向けると、眉をひそめて不思議そうな顔をしよった。そのままの意味なんやけど、そうゆうと彼女は呆れた。あ〜ほんま、つまらん。親父はこんな毎日送っとったんに、あんなにキラキラしとったんかぁ。なのに俺、何やっとんのやろ。親父みたいになりたい言うてここまで来たんに。結局俺と親父は素が違うんやから、同じにはなれんのや。気づいとるんにな、何故かこの仕事やめれん。
「先生」 「ん?」 「今日であたしが来てから何日でしょう?」 「標準語キモいわ」 「わっ、何言いはるんですの?信じられへん」 「ハハ、そっちのがええで」 「知っとります〜、で?」 「…知らん」 「知らんちゃいます、もう3週間ですわ」 「…へぇ〜」 「3日、最初引き継ぎは3日で終わる言いましたよね?」 「やり残したことがあんねん」 「それは聞きました、1週間んときに」 「……せやな、」 「せんせ」 「ん?」 「うちって、そんなに…頼られへんの?」
退屈、退屈な毎日。それでも辞めへんかったんは、嫌いになれんかったんは、きっとこの仕事に愛着が湧いてしもうたんやろな。俺が面倒見てやらんといけん、この部屋も、薬剤の匂いも。全てが俺にフィットしとった。安心する空間やった。だからこそ退屈で仕方ない。そのうちに彼女が現れて、俺の空間をことごとく崩しよった。フィットした全ては、今や彼女にフィットし、彼女の空間となる。安心できんくなった。けど、退屈は拭われとった。教えんといけんことが多くて、俺の面倒が増える。で、愛着が湧き、いつしか俺の空間は彼女の空間になっとった。悪循環、退屈。
「おいで」
安心する空間は失いたくない。この子は優秀やから、上からのお呼びだしはそう遅くはないはずや。だけど、この子の引き継ぎがもし男やったら…悪循環。彼女も俺と同じように、安心を相手に感じるのやろか。そう思うと腹立つ。胸が熱くなっとるのがわかる、だけど、なんでやろ、退屈。
退屈は人を殺せるらしい。君だけが存在さえしてくれれば、俺の毎日は退屈のままでいられる。退屈は、せわしなく進む時間や、入り交じる感情みたいに、人として感じる全てを、俺から奪ってくれる安心。
プツリ、注射の痛みに顔を歪める彼女が、ちょっとかわええなって思うた。
090414 提出罪悪様
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