水曜日、偶然か、必然か

水曜日の4時間目は、疲労のピークである気がする。
ここを過ぎれば後は週末に向かっていくわけだし、気分的に少し楽になるもの。

担任による数学の時間なので教科書やノートを机に出して待っていると、教室にやってきた先生は挨拶もそこそこに「授業はやらない」と言い出した。

「授業はスムーズに進んでるので、今日のこの時間は文化祭の準備に充てる。昨日決められなかったことがあるグループは話し合いを続けること。準備に取り掛かれそうなら動いてよし」

ざわざわと教室が盛り上がる。
難しい公式を聞くよりも、クラスメイトたちと話したり何かしたりする方がやはり楽しいのだろう。
そしてさらに先生は追加でありがたいお言葉をくれた。

「図書室とパソコン室借りてるから、必要ならそっち行ってもいいぞー」

さすがベテランだ。行事ごとにも慣れているおかげで用意周到。
「よっしゃパソコン使える〜」なんて、一部の男の子たちがさっさと席を立ち連れ立って教室から出て行ったのを皮切りに、他のグループの子達も動き出した。

「名字、俺らは図書室行ってみようぜ」
「あ、うん。そうだね」

授業中なのにベルばらを机に広げるというイレギュラーな姿を見せている夜久くんたちに見送られ、私と黒尾は教室を出た。

当たり前だけど、他のクラスは授業中なので廊下は静かだ。
時折どこからか聞こえる授業の声をBGMに、教室から少し離れた図書室へ向かって黒尾と並んで歩く。


「図書室にどのくらい資料あんのかね」
「うーん、たくさんは無さそうだよね。キャパ的に」

なんて、他愛もない話をしているけれど私の心臓はばくばくと強めのリズムを刻んでいた。
静かな校内は別世界のようで、私と黒尾だけしかいないみたいな不思議な感じ。
ただ黒尾がいつもみたいにふざけてくるので小声で返しつつ、図書室に到着した。

「ほい」
「は、あ、ありがと」

引き戸を黒尾が開けて、当たり前のように私を先に通してくれる。
持ってきたペンケースをテーブルに置くと、資料を手分けして探すことにしてそれぞれ別の本棚へ向かった。

クラスメイトたちは数人がちらほらと室内に散らばっている。
司書の先生は受付のブースでパソコンを見ている。
静かな図書室は落ち着くようであり、でも異世界のように少し緊張もする場所だと思った。

黙って本棚を見上げ、関係しそうなタイトルを探すがなかなか思うような文献に出会えない。
困ったなぁ、黒尾は見つけたかな?

しばらく探したのち、そっちはどうかと聞くため黒尾を探しに行くことにした。
広くない図書室、彼の姿はすぐに見つかった。
窓際に置かれた腰までの高さの本棚に寄りかかり、手には本を開いている。
窓から入る柔らかい太陽の光が、黒尾を包んでいた。
彼の落ち着いた髪色が日光を受け少し透けていていつもよりも柔和な印象になっている。
視線を落として本を読んでいる姿が妙に様になっていて、私はその場で立ち尽くした。


しばらくぼうっとしていた私に、黒尾が気付いて目が合った。
間抜けな顔をしていたのかもしれない。
彼は私を見ると口角をあげて、静かに手招きした。
その仕草すら様になるんだからずるい。

周りにはクラスメイトたちも先生も見当たらないけれど、図書室は静かにするのが鉄則なので私も黙って頷いて黒尾の横にそっと立つ。

すると黒尾が声のトーンを落とし、開いていた本をこちらに傾けるようにした。

「これ、どうかな」
「あ、いいかも?イラストも使えそうだね」

横から覗き込んだ本は、まさに私たちが探していたテーマに沿っていた。
私は見つけられなかったのに、コイツやるなと思いながら勝手にページをペラペラと捲らせてもらう。
うん、いいじゃん。

「これ、貸し出し可かな?」

ぱっと顔を上げると、思ったよりも近くに黒尾の顔があって硬直する。
黒尾は「借りとくよ」と私の手から本を抜き取り、視線を私の額辺りに向けた。

「お前、どこ漁ってきたの?」
「え?漁る?」

質問の意味がわからず、どういうことかと問い返そうとすると黒尾の大きな手が額に降りてきた。

「でかいな」
「へ…」

笑いを堪えるような顔で黒尾が私の前髪に触れた。
するりと梳くような感覚がして思わず目を細め、ゆっくりと開けば目の前には大きな…

「ほ、ほこり?」
「ウン、本に積もってたんじゃね?」

灰色の綿ぼこりが摘まれていた。
私の頭に乗っかっていたらしいがなかなかの大きさで一気に恥ずかしくなる。

「な、も、もっと早く取ってよ!」
「えー、今気付いたんだもーん」

照れくさいのを誤魔化すように怒りをぶつけると、黒尾はふざけた声色でそれを躱し歩き出すと、壁際に設置されていたゴミ箱にほこりを放り込んだ。



置き去りにされた私はしばらくその場に立ち尽くす。
絶対、顔赤い…。
頭にホコリを付けていた恥ずかしさもあるけれど、それよりも黒尾の骨張った指が優しく触れた額があまりに熱くて。
痛さと錯覚してしまうほどの熱を持った額を、手のひらでそっと押さえながら深呼吸した。



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211005

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