火曜日、予想外の出来事

週末はまだまだ先に感じる火曜日。
残す授業はHRだけとなった。
黒尾の背中につい見惚れてしまい、授業に集中出来なかったくせに一丁前に「HRは楽でいいよねぇ」なんて友達と呑気に会話をしていた。






『グループごとに展示の内容決め』

黒板に大きく書かれたテーマに、教室のあちこちからため息が漏れた。
音駒高校にも文化祭なる行事があるのはもちろんなのだが、都立ということもあり内容は質素。
特に3年生は受験を控えているため、ドラマや漫画のようなメイド喫茶〜やら、お化け屋敷〜といった楽しい出店はない。
クラスごとにテーマを決めて調べ学習・その展示とすでに決められてしまっていた。

唯一の救いは、我がクラスのテーマが『18世紀フランスについて』という、頑張れば少しは華やかなイメージになりそうなものだったこと。
他のクラスでは『縄文・弥生土器について』という虚しくなりそうなテーマもあったらしく、私たちはまぁ当たりだろうと自分達を納得させた。

「じゃ、グループ作るぞ」

担任の先生は、グループ決めの時間すら勿体ないとばかりに勝手にグループを作ってしまった。
席順に近所同士で作られた6人のグループには、もちろん黒尾もいて、私は少しラッキーかもしれないと密かに心を躍らす。

「じゃ、後はグループ作業ということで」

適当に作られたグループに、適当にテーマの中から小題を割り振り、先生は教卓前に置かれた椅子にどっかりと腰を下ろしてしまった。
こういうとき、若くてフレッシュな先生ならもっと盛り上がっただろうに…。
受験対策なのか知らないけれど、ベテランなおじさん先生ではどうも盛り上がりにかかるんだよなぁ、なんて配られたプリントを眺めながら心の中でブツブツと不満を連ねていると、不意に影が落ちてきて視界が暗くなった。

「おーい、名字ってば」

パッと顔を上げると、黒尾のそれが近くにあって変な声が出てしまう。

「ほら、机くっつけてって」

周りを見ると、グループになった子達はもう机を向かい合わせにし始めていた。
慌てて立ち上がって私も机を引き摺り、夜久くんの机と向かい合わせにくっつけた。

そして気付くのだ。
今度は隣に黒尾の机が引っ付いていることに。
右隣にある黒尾の腕が、簡単に触れる距離にあるものだから日曜日のことを思い出してしまった。
いけないいけない、作業に集中しなきゃ…。

「そんじゃ…どうする?」
「とりあえず役割分担とかしておこうぜ」

6人の中に生まれた沈黙をまず破ったのは、バレー部の2人だった。
残念なことに、グループ内に女子は私を含めて2人だけ。
黒尾の前に机をくっつけた彼女と目を合わせ、小さく「よろしくね」と微笑みあった。
残りの男子2名とはほとんど話したこともなかったので少し緊張してしまうけれど、まぁ間に黒尾がいるし、夜久くんは誰とでも分け隔てなく話せてしまう漢気の持ち主だから心配いらないだろう。



「マリーアントワネットかぁ」

私たちのグループが調べるのは、ルイ16世の妻マリーアントワネットについてだった。
全員で「んー」と少し考える。

「マリーアントワネットって…」
「ギロチンくらいしか知らねぇな」
「お菓子を食べれば的な人じゃないっけ?」
「おい、去年世界史でやっただろ」

男の子たちがやいのやいのと話すのをなんとなく黙って聞いていると、私の斜め向かいで手が挙がった。

「あの、フィクションではあるけど…家にベルサイユのばらの漫画あるよ」

おぉ!と私も含めて残りのメンバーが沸く。
難しい話よりも漫画の方が入りやすい。
それをうまいこと使えるんじゃないかと希望の光が見えてきた。

「じゃ、ベルばら使いながらマリーアントワネットという人物についての考察みたいな感じでいいか?」

黒尾がテキパキとプリントに言葉を羅列していく。
こういうとき、彼は主将だなぁと感じるのだ。

「じゃ、後は何をどう調べるかだな」

夜久くんの言葉に、また少し沈黙が生まれてしまった。
とりあえず図書館で資料を探し、あとはネットを駆使して…と定番の方法を考えていく。

「ネット組、図書館組、ベルばら組って感じにする?」

ちょうど2人ずつだし…となんとか知恵を搾り出してみると、5人とも賛成してくれた。

「じゃあ私、とりあえず明日漫画持ってくるよ」

発案者の彼女は必然的にベルばら組になる。
するとすぐに夜久くんが「待って」と口を開いた。

「確か結構量あるだろ?持ってくるなら俺手伝うよ」

おぉ…なんてスマートなんだ夜久くん!
聞けば、2人は中学が同じで家も割と近いらしい。
「明日は朝練ないから登校前に家まで取りに行くぜ」と提案した夜久くんに、思わず拍手をしてしまう。

「すごい、夜久くん格好いいよ!なんか感動した」
「なんで名字さんがそんな喜んでんだよ」

照れたように笑う夜久くんをベタ褒めしていると、ずしりと右肩が重くなった。
もちろん原因は隣にいる黒尾で、奴の肘が私の肩に重くのしかかっている。

「ちょ、人の肩を肘置きにしないでいただけます?」
「じゃ、俺らは図書館で資料探しでもしようぜ名字サン?」
「え」

密かに楽そうなネットがいいと思ってたのに!
何勝手に決めてんだ!
と、口には出さずに目線だけで黒尾に不満を訴えるも、ニヤニヤとした笑みで躱されてしまった。

「んじゃ、俺らネットな。プリントしてくるわ」

と残りの2人がちょっと嬉しそうにしているのがなんだか悔しい。
それでも決まってしまったものは仕方ないか…。
黒尾が書いた『図書館組: 名字・黒尾』という言葉を、少しくすぐったい気持ちになりながら眺めた。




「そうだ、連絡先交換してグループトークやらね?」

チャイムが鳴り、一応授業が終わったところで1人の男の子がスマホを取り出して提案した。
確かにその方が便利そうだと全員が納得して各々のスマホを取り出す。

「あーえっと、じゃあ俺トークルーム作るわ」

ざっとメンバーを見回した黒尾が、いち早く手を挙げた。
男の子たちとはすでに連絡先を交換しているから招待しやすいのだとか。

「名字も知ってるからいいよな」
「あ、そだね」

去年から知り合っている私たちも今更お友達登録しなくていい。
となると残りは…

「ごめん、登録していい?」
「うん!お願いします」

元に戻した席では隣同士になる黒尾と彼女がスマホを突き合わせた。

「はーいじゃあ、ふるふる〜」
「ふふ」

わざと戯けた黒尾が裏声を使いつつスマホを揺らし、連絡先の交換をしている。
なんだかその様子を見ていると無性に寂しくなった。

誰とでも話せて、テキパキと物事を進めていく黒尾は、こうやってどんどん輪を広げていく。
男女問わず友達が多くて顔の広い黒尾にとっては、私なんて数多くいる友人の1人でしかないんだ。
そう思い知らされるようで胸が痛い。

「じゃあみんな招待したからよろしくな」

私のスマホにも黒尾から招待の通知がきていた。
嬉しいのに寂しい。
そんな複雑な気持ちでいたら、グループに参加していないのが私だけになっていたので、慌てて参加のボタンをタップした。






「名字」
「なぁに?」

部活に向かう黒尾が、教室を出かけたところで私を呼んだ。
バッグに教科書類を詰めていた手を止めて彼を見ると、いつものようにニッと笑った黒尾が「明後日、図書館行こうぜ」と誘ってきたのでしばらく思考停止してしまう。

「あ、あさって…?」
「うん。あ、なんか用事ある?部活がミーティングだけだから少し待ってもらったら放課後行けるかなって思ったんだけど」

放課後…。
それってつまり…。

「えと…2人で?」
「ん?うん、俺ら図書館組だけ」
「いいい行く!!うん、行こう!!!何も用事ない!」

動揺しつつ、空いていることを伝えると黒尾はブッと小さく笑った。

「なんでそんな食い気味なの…んじゃ、明後日な」
「あ、はい!また明日ね」
「おー。気をつけて帰れよ」

廊下で待たせている夜久くんに何やら話しながら、片手を挙げて黒尾はあっという間にいなくなってしまった。
私はと言うと、まさかの誘いにまだドキドキしている。

だって、こんなことになるなんて想像していなかった。
図書館組と言ったって、別に一緒に行動するなんて思わないじゃないか…。
2人きりで放課後に出かけるなんて初めてだ。
もちろん遊びに行く訳じゃないのは分かっているけど、ついついにやけてしまう頬を両手で押さえれば、じんわりとした熱さが手のひらに伝わった。

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210810


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