日曜日、さようなら、また明日

日曜日が終わる。
夕方の家族向けアニメが放送されているだろうこの時間に、私は1人駅のホームで電車を待っていた。
冬と比べて日が長くなったとはいえ、物哀しくなるのは何故だろう。

高校3年生になって1ヶ月。
仲良しの友達も、気になる男の子も同じクラスだった。
残り約1年は楽しく過ごせたらいいなと期待に胸を膨らませながら眺めた桜の木ももうすっかり緑色だ。

ホームから少しだけ見える葉っぱだけになった桜並木をぼんやりと眺めていると、視界の端にチラと赤色が映った。

「!」

「お、名字じゃん」

なんとなく見覚えのあるその色に視線を這わせると、音駒とプリントされた真っ赤なジャージが視界に広がって思わず息を呑む。

同じく私に気付いた彼、黒尾鉄朗とは何を隠そう、私の気になる男の子だったりする。
昨年のクラスは男女の仲が良かったことで私も彼と自然に親しくなり、運良くまた同じクラスになれた。
しかしメンバーが変わったことで去年みたいに気軽に話せる環境ではなくなってしまい、少し寂しい毎日を過ごしている。


「黒尾、なんでここにいるの?」
「練習試合」
「なるほど」

だからジャージか。
主将になった黒尾のジャージ姿を見たのは久々だ。
教室でふざけている時とは違って幾分か頼もしく見え、少し緊張してしまう。

すると、彼の後ろからひょこりと同じジャージを着た男の子が顔を出した。
視線はスマホに落とされていて、私のことは全く見ていないので挨拶とかするべきなのか迷ってしまう。

「研磨、歩きながらゲームすんなっつったろ」
「…ホームに着いたんだからいいじゃん」

根元がプリンになった金髪の男の子は背中を丸め、口を尖らせながらぶつぶつと文句を言っている。
去年も見たことがあった…確か1個年下の…。

「コイツ、幼馴染なんだ」
「あ、やっぱり。何度か見たことあるよ」
「そか。研磨、同じクラスの名字名前」
「…どーも」
「こんにちは」

一瞬だけ交わった視線はすぐに外され、またスマホに釘付けになった。
もちろん会話が続くこともなくなんとなく気まずい空気が流れる。

「ごめんな、人見知りなんだ」
「ううん、気にしてないよ」

申し訳なさそうに頭を掻く黒尾に笑いかけると、研磨くんは私たち2人を交互に見て、止めていた足をまた動かした。

「研磨?」
「俺、喉渇いたからあっちの自販機行く。
クロはおしゃべりでもしてて」

あれ、もしかして気を遣わせてしまったのかな。
戸惑う私に気付いたのか、黒尾は気にすんなと苦笑いした。

「俺と2人でいてもあんな感じで黙ってゲームしてるから」
「そうなんだ」
「なんか今日は新しいアイテムがリリースされたとかでずっとやってんの」

だから、きっと1人で帰りたいんだわと黒尾がため息をついたとき電車の到着を告げる音楽が聞こえた。






「…主将になったんだよね」
「おー」

私たちは今、横並びのシートで隣り合って座っている。
去年から何度も話したりふざけあったりしたけれど、こんなに近くにいるのは初めてな気がする。
教室で立ち話をしていた2年生の頃を思い返していると、今まで私の肩よりもずっと高い位置にあった黒尾の肩が、その顔が、なんだか今は近いような気がする。

ん?
つまり、こいつの脚が長いってことなんじゃ?

突然気付いた事実に微妙にショックを受けた。
揃えた膝に視線を落とせば、隣にあるはずの黒尾の膝はだいぶ遠くにあるじゃないか。

「黒尾ってさ」
「んー?」
「もしかして脚長い?」
「は?何よ急に」
「や…立ってる時と座ってる時と、顔の近さが違う気がするんですけど」

羨望の気持ちを込めて黒尾の方に顔を向けると、同じように私を見下ろした黒尾と目が合った。
あ、やばい。近い。

急に頬に集まってくる熱に気付かれたくなくて、私は急いで顔を下に向けた。
と同時にカーブに差し掛かって揺れる車体。
私の額は黒尾の二の腕部分にぴとっとくっついた。


「…」
「…」


まるで彼氏に甘える彼女のように、黒尾の腕に頭を凭れさせてしまった。
私たちの前に立つ他の乗客たちからの視線が痛い。

公衆の面前でいちゃついてんじゃねーよ

そんな心の声が聞こえてくるような気がして恥ずかしくて顔を上げられない。
ゆるゆると黒尾の腕から顔を離し、そのまま縮こまるようにして、太ももに置いたバッグを抱き締めた。



「…ぶ」

少しの沈黙の後、黒尾の肩が揺れる気配と共に少しだけ漏れた空気の音。
笑ってる。こいつ、私のこと笑ってやがる…!

「…わ、笑わないでよ」
「悪い、でも… 名字が女子みたいな反応するから…」
「女子だけど!?」
「そうでした」

思わず顔を上げると、悪戯な笑みを浮かべた黒尾と視線がぶつかった。
ニヤニヤと笑う口元は、去年から何ら変わらない。
みんなでふざけ合っていたあの頃と同じだ。
でも、彼の笑顔は何かちょっとだけ今までと違う気がして心の中で首を捻った。
なんだろう、この違和感。


それが分かりそうで分からない、ムズムズとした気持ち悪さが胸に広がって顔を顰めていると、車内のアナウンスが私の降りる駅名を伝えた。
すると黒尾はスマホを取り出して一度画面を確認する。
おそらく時間を見たのだろう、立ち上がった私に問いかけた。

「駅から家まで歩き?送ろうか?」
「え!だ、大丈夫!すぐだし!」
「そ?」

予想もしなかった気遣いに、裏返った声で勢いよく遠慮してしまう。
あぁ、こういうときに可愛く「お願いしまーす」なんて言えていれば…と後悔したってもう遅いけれど。

「あ、ありがとね。それじゃ」

ゆっくりと電車が停止するのに合わせて、座ったままの黒尾に小さく手を振る。
黒尾は目を細めて私を見上げ、微笑んだ。

「気をつけて帰れよ、また明日な」

一瞬歩みを止めかけてしまったけれど、なんとかホームに降り立った。
電車が去り、他に降りた人々が改札へ向かって行く姿をぼんやりと眺めながらしばらく立ち尽くした私。

心臓がいつもよりずっと騒がしい音を立てている。
その原因は先ほど不思議に思っていた違和感が何だったのか分かったことだ。

また明日、と言った黒尾の目を見て気付いた。
去年みんなでワイワイしている時に見せていた彼の目と、今日の彼の目は違っていたのだ。

まるで、愛おしいものを見るような甘い目つき。
慈しむように睫毛を伏せたそれが、私の胸の中をチリチリと焦がしていくようだ。

無意識に、顔を両手で包んでいた。
あんなに優しい目は反則だ。
女の子たちがこれを見たら大変、あっという間に恋に落ちてしまう。
そのくらいの破壊力がある表情で、私はますます胸を焦がしてしまうのだった。

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210705

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