チワワちゃんと和解する

※ちょっぴりこわい思いします。

〜及川視点〜

夏休みも終わりに近づいてきた今日、俺は岩ちゃんと2人で学校を後にした。

「夏休み終わるのにまだ暑いねー」

「まぁな。毎年こんなもんだろ」

夏だというものの、辺りが少し薄暗くなってきているのは、天気があまり良くないからかもしれない。

そろそろ街灯が点き始めるのだろうかと、近くの電柱を見上げたところで、岩ちゃんがピタリと足を止めた。

「どしたの?」

「なんか、声…」

えー、全然聞こえなかったけど。でも岩ちゃんちょっと野生入ってるからなぁ。

一緒に耳をすますと、確かに声が聞こえてきた。それも…

「なんか、ヤバい?」

争うような声だ。

少し歩くスピードを上げてみると、交差点に差し掛かる。

なんとなく左を見てみたら、制服姿の女の子が男に腕を掴まれていた。

「えっあの子!」

後ろ姿だったけど、あの長い髪はおそらく

「名字っ」

俺と岩ちゃんは無言で目を合わし、揃ってすぐに駆け出した。こういうとこ、幼馴染だなーなんて冷静に分析している場合ではないよな。


「ね、ちょっとだけだからさ〜ホラ、車あるから送るし!」

「…」

「コワイことしないから大丈夫だよ〜!ね、行こ?」

「…」

「ごはん奢っちゃうよ!なに食べたい?」

「…うざい。どっか行って」

「…ハ?てめ、調子こいてんじゃねーぞクソガキが!」

「!」

ニコニコしていた表情を一変させた男は、強い力で腕を掴んで自分の方へ引こうとする。

「おら、来い!」

「っ…や、やだあ!」

名字ちゃんが声をあげるのと、男の腕が捻り上げられるのはほぼ同時だった。

捻り上げているのはもちろん、岩ちゃん。

俺は辺りに仲間がいないことを確認してからスマホを取り出す。

「なんだ、てめぇら!」

「おいオッサン。気持ち悪いことしてんじゃねーよ」

「は、こ、高校生がイキがんなよ!」

岩ちゃんに腕を掴まれながらも尚、噛みつかんとばかりにもがく男に、俺はスマホの画面を見せた。

「すみませーん僕たち、とってもか弱い高校生なので、大人の力を借りることにしますネ☆」

画面を見た男は凍りつく。

1 1 0 の文字が入力された電話の画面だ。

慌てて岩ちゃんの手から逃れると、そのまま近くに止めてあった車に乗り込み走り去っていった。一応、ナンバー控えておくか。


「おい、大丈夫か?」

「!」

アスファルトにぺたりと座り込んでいる名字ちゃんに、岩ちゃんが近付いて手を差し出すと、名字ちゃんは自分の身体を抱えるようにして目を瞑り俯く。

小さくなったその身体は小刻みに震えていて、岩ちゃんはそれ以上近付くのをやめてこちらに顔を向けた。

「おい、女バレまだ残ってたよな?電話っ」

「えっあ!うん!」

体育館を出る際、女バレの子たちも部活を終えて着替えに行くところだったことを思い出し、先程の110を消してキャプテンちゃんの番号を呼び出した。







「名前!?」

通話を切るとすぐに女バレキャプテンちゃんが息を切らせながら現れた。

そして持っていたバッグを投げ出すと、未だ座り込んでいる名字ちゃんを抱き締める。

「大丈夫だよ!もう大丈夫だからね。怖かったね」

優しくも力強い手で名字ちゃんの背中が撫でられると、名字ちゃんの細い腕がそろそろと持ち上がり、ギュッとキャプテンちゃんの背中に回った。

「う、わあああん」

「よしよし、大丈夫だよ」

あぁ、やっと泣いた。まずそう思った。

一言も発さずに震えている小さな身体が不憫で、でも俺たちにはどうすることもできなかったけれど、やっと恐怖を声で表現できたことに、少し安心してしまう。

岩ちゃんは自分のバッグからタオルを取り出すと、キャプテンちゃんに軽く放った。

「あと、頼んだ」

「…うん、ありがとね。岩泉、及川」

「ううん、じゃ」

姉のような優しい眼差しをしながら、自分の胸に名字ちゃんの顔を強く抱いたキャプテンちゃんに別れを告げて俺たちはさっさとその場を離れることにして、その後は軽口を叩く気にもなれずにほとんど無言で家路についた。






「及川、岩泉、ちょっといい?」

女バレのキャプテンちゃんが体育館に現れたのは翌日の休憩中ことだった。

用事の理由はなんとなく察しがついて、岩ちゃんと目を合わせてから2人無言でキャプテンちゃんについて体育館の隅まで歩く。

「昨日、ありがとね」

「いや、大したことしてねーよ」

「ううん。本当に、助かった」

「名字ちゃん、大丈夫?」

「うん、まぁね。2人は危険な思いしてあの子助けてくれたし、ちょっと話…聞いてくれる?」

少し複雑そうな表情でキャプテンちゃんが腕を組むので、俺たちは黙って頷いた。

なんとなく、分かってるかもしれないけど…と前置きをしてから話は始まった。

「名前ね、中学生になるかならないかくらいの時、昨日と同じような目に遭ってるの」

「っ」

「あ、でも、その…未遂だよ?たださ。12歳くらいの女の子が大きな男に迫られたらそりゃ怖いじゃない?」

相手は高校生くらいだったらしい。
そんな言葉を聞いて俺も岩ちゃんも、無意識のうちに拳を強く握ってしまっている。

「だからね、男の人怖くなっちゃって、それから関わらないようにしてるんだよね。空手始めたのも自分守るためなんだと思う」

「あぁ、それで空手…」

「でも見た目ちっこくて、可愛いでしょ?だからそんな見た目に釣られて近付いてくる奴もいてさ。その度に怯えたところ見せたくないって逆にきつい態度取ってんの。それで男子から反感買って、嫌味言われたりもして…」

本当、不器用だよねぇあの子…見てるこっちが辛いわ、と唇を噛むキャプテンちゃんに俺たちはなんて声をかけてあげたらいいのか分からない。

「でもね、だから岩泉が何の下心もなく普通に優しくしてくれてたことは本当に嬉しかったんだって。あとすごく尊敬してるみたい。だけど中学の頃からずっと男子を避けてきてるから上手くお礼も言えなくて困っててさ」

「別に、お礼なんていらねーよ」

「で、さぁ。2人とも今日この後忙しい?」

「「え?」」

「お礼、直接言いたいんだって!昨日は何も言えなかったから」

困ったように笑うキャプテンちゃんに、俺たちはまた顔を見合わせてしまった。

「いや、いいよそんなの。無理して俺たちに会うことないし」

「そうそう、お礼言われたくて助けたわけじゃないよ!」

「2人ならそう言うと思うって、私も言ったんだけどね〜」

その時、着信を告げる音が響いてキャプテンちゃんはポケットからスマホを取り出した。

「噂をすれば、」

苦笑いをしながら、こちらに片手を挙げてから通話ボタンを触って耳に当てる。

「…うん。どうしても?無理しなくていいんだよ?…分かった、伝えるから。うん、待ってるね」

ため息を零しながらスマホをポケットに戻して、ということだからよろしくねと笑顔を作られたので困惑してしまう。

「お、俺たちその上手い言葉とかかけらんないよ!」

「及川ならその辺得意分野じゃないの?」

「まさか!いくら俺でも無理だって!」

「んー、あの子礼儀正しいから。うちの道場、そういうとこ厳しんだよね」

「、はぁ!?」

じゃ、また後で〜と手を振って去っていくキャプテンちゃんを俺たちはまた無言で見つめ合いながら見送った。なんで何回も岩ちゃんの顔見なきゃなんないの。






「あ、いたいた。おーい及川、岩泉〜」

先ほど散々聞いた声が体育館に響き、解散していた部員たちもそちらに目をやった。

ちょいちょいと手招きされ、俺と岩ちゃんは駆け足で体育館の扉に向かう。

すると、キャプテンちゃんの後ろからひょこっと名字ちゃんが顔を出したので2人揃ってその場で足を止めると、少し空気が重くなったように思えた。

「ほら、名前。2人とも来てくれたよ」

「う、うん」

「私、外してようか?」

体育館の外を指差して尋ねられると、名字ちゃんは慌てたようにキャプテンちゃんのTシャツの裾を掴んだ。

「あ、あの。一緒に、いて?」

あ、可愛い。

不覚にも及川さん、キュンとしました。

チワワだ、この子やっぱりチワワだよ。

心臓のあたりを握っていると、岩ちゃんも同じように胸を押さえていた。エッ岩ちゃんが!?って、キャプテンちゃんも!?

3人が胸キュンしたことには多分全く気付いていないだろう、名字ちゃんはシャツを握ったまま半分隠れるようにして俺たちの方を見る。

「あの、その…昨日、ありがとう、ございました」

初めて日本語を喋るかのように辿々しくお礼を言ってぺこりと頭を下げる。

「「イヤ…それほどでも」」

こんなところで台詞が被ってしまうのがなんとなく嫌だ。

「えと、岩泉先輩…タオル、今度洗って返します」

「あ、あぁ。サンキュ」

「あと…及川先輩」

「ハイッ?」

まさか自分が呼ばれるなんて思ってもいなかったので、背筋が伸びてしまって恥ずかしい。

「えっと…今まで、嫌な態度とっちゃってごめんなさい」

口許までキャプテンちゃんの肩に隠して喋るから、だいぶ聞き取り辛かったけど名字ちゃんの目はちゃんとこちらを向いていた。

うわ、ヤバい、可愛い!狂犬チワワが可愛い!

「…ということで、名前満足した?」

「あ、うん。ありがとう」

俺と岩ちゃんをちらちらと見てから、恥ずかしそうに首を竦めて頬を染めるもんだから、またしても俺たち3人は胸を押さえることになった。って、だからなんでキャプテンちゃんまで!?




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