チワワちゃんとぶつかる

〜及川視点〜

夏休みが目前に迫り、学校全体が少し浮ついた雰囲気になってきている中、俺たちは変わらずバレー中心の生活をしている。

今日も岩ちゃんに絡みながら、放課後の部活に向かっていると、ふいに廊下の陰から人が飛び出してきてぶつかってしまった。

「!」

「あ、ごめんね。大丈夫?」

俺の胸あたりに顔をぶつけて後ろに倒れそうになった女の子の背中に腕を回して支える。役得〜。

「ゲ、」

支えていた子の顔がこちらを向いたとき、みんなの及川さんとしたことが、似合わない声を出してしまった。

「名字ちゃん…」

その子の名前が口からぽろりと出たときには、もうその子は俺の腕から距離を取っていて、一緒にいた女の子の腕にしがみついてこちらを睨み付けていた。

「きゃ、及川さん…!」

名字ちゃんのお友達らしき子のリアクションに顔が綻ぶ。そうそう、これだよ。普通はこういう反応デショ!

「名字大丈夫か?悪いな、前見てなくて」

「こちらこそ、ごめんなさい…」

「だからなんで岩ちゃん!?ぶつかったの俺だからね!」

こっちを一切見ないもんだから、ムキになってしまうけど、岩ちゃんは全く気にしてない。

「部活か?」

「…ハイ」

「へぇ〜名字ちゃん何部なの?」

「……」

「テニスだったか?」

「そうです」

「だーかーらー!!」

「名前ちゃん、お、及川さんと知り合いなの?」

おずおずとお友達が名字ちゃんの制服の袖を引いている。こっちを控えめに上目遣いで見てくる…この子も可愛いなぁ。

「こんな人とは知り合いじゃない。岩泉先輩しか知らないよ」

「ぷ」

「ひどい!前に話したことあるのに!」

岩ちゃんもなに笑ってるんだよ!

それにしても、名字ちゃんがちゃんと喋っている姿を初めて見たかもしれない。この前は一言しか口を動かさなかったからなんだか新鮮だ。

「名字、怪我すんなよ」

「!!…あ、はい」

ぶつかった拍子に乱れてしまった名字ちゃんの前髪を、さらりと指先だけで掬い上げるようにして直した岩ちゃんがまた歩き始めたので俺も後を追う。

ちらりと彼女を振り返って見ると、前髪を片手で押さえて真っ赤な顔をして立ち尽くしていた。うーん、黙ってると可愛いのに…。





「ねぇねぇ岩ちゃん」

「なんだよ」

「あの名字ちゃんって子、なんなの!?」

「は?別に俺だってそんなに話すわけじゃないしよく知らねーよ」

「俺、女の子にあんな態度取られたことないよ!」

「知るか!さりげなく自慢すんな!」

「痛い!」

理不尽な蹴りを受けながら部室に入ると、今日は何やって怒られてんだよ及川〜とマッキーがニヤついている。

「名字ちゃんだよ!体育委員の!2年の!」

ガン無視だよあの子!と先ほどの出来事を話し始めようとしたところで、かぶったTシャツから短く刈り上げた頭をすぽっと覗かせた渡っちが声をかけてきた。

「もしかして、名字名前ですか?」

「おー、知ってんのか?」

「はい。変わってますよね。男子にはすごく当たりがキツいんですよね〜…」

去年同じクラスだったんですけど怖くて殆ど話したことないです、と肩を竦めている渡っちに、矢巾ちゃんがわりと有名ですよと続ける、

「俺同じクラスなんですよ!顔は可愛いじゃないすか?だからって安易に近付くと噛みつかれるんですよ」

もちろん比喩だろう、やっぱりチワワだと思って頷いてしまう。

「もしかして矢巾、噛みつかれた?」

まっつんの言葉に、ぎくりと肩を揺らしているから図星だったみたいだ…。

「ま、岩泉だけは別みたいだけどネー」

マッキーの言葉に2年生たちは「岩泉さん、スゲー!」と尊敬の眼差しだ。

「?別にすごくねーよ。たしかに顔は可愛いけど、近くにいれば普通の女子だぜ」

「「…発言がイケメン!」」

「どこがだよ」

「…そういや女バレのキャプテンが、事情あるって言ってたな」

ぽつりと思い出したかのようにまっつんが呟いて、マッキーも何だろなと答えた。

「ひどい振られ方したとか?」

「うーん、ありうる」

そんな話をしていると、早々に着替え終わった岩ちゃんは部室のドアを勢いよく開いて少し強めの口調で俺たちを睨んだ。

「事情は事情だろ。変な詮索する暇あったらさっさと着替えろ」

タオルを肩に担ぐようにして部室から出て行ってしまい、残された俺たちは「やっぱり…イケメン」と頷き合うしかなかった。



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200904


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