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もう一度、頬を叩く。
「大丈夫!大丈夫!」
鏡の中の自分に言い聞かせて、微笑みかけてからトイレを後にし、壁に貼られた校内図を参考に自分の教室を目指した。
閉じた扉の前でひとつ、深呼吸をしてから横にスライドさせる。
俯いてしまう顔を必死に上げれば、すぐそばに3人の女の子たちが立っていて
「お、おはよう…ございます」
「あ、おはよう?」
「あはは、敬語だ」
「初めましてだね」
予定よりもだいぶ小さくなってしまった声で挨拶をすると、3人とも優しく応えてくれたので内心胸を撫で下ろした。
「あ、えと… 名字名前って言います。よろしくね」
赤くなる頬をそのままに自己紹介をすると、3人とも名前を返してくれた。
「私たちも、さっき初めましてしたところなの。名前ちゃん、多分私たち席が隣だよ!」
「えっ、本当?」
よろしくねぇとふんわり笑う小川春子ちゃんは、私が憧れる女の子そのものだった。
少し世間話をして、先生が入ってきたので春子ちゃんと一緒に自席へ向かうと、今朝見たばかりのツンツンとした黒髪の後ろ姿があって、何故だか緊張が少し和らいだ。
「名前ちゃんは何中出身なの?」
この質問は絶対来ると思って覚悟していた。
だからスムーズに、笑顔で答える。
「実は、中学まで秋田にいたの。だから宮城のことまだよく知らないんだ」
「えー!そうなんだ!」
知り合いいないと不安だよね〜と春子ちゃんが困った顔で共感してくれて、私もそうなのと苦笑いした。
始業式が終わると教室に戻ってHRの時間になり、まずは1人ずつ自己紹介することになった。
「北川第一中から来ました、岩泉一です。バレー部入ります。よろしく」
背筋をピンと伸ばしてよく通る声で自分の名前を告げる岩泉くんは、なんだかすごく眩しくて目を逸らす。
羨ましいけれど、私は私なりに練習してきた自己紹介をするんだ。
「名字名前です。中学までは秋田県にいました。食べることが好きです。よろしくお願いします」
普段よりゆっくり、ゆっくりと意識しながら言葉を紡ぐと、練習通り上手に言えた。
クラスメイトたちからの拍手と、女の子たちからの優しい視線に笑顔で小さく頭を下げてから椅子に腰掛け、肩の力をやっと抜くことができた。
「おっす」
「いっ…岩泉、くん」
学校が終わって家の近くを歩いていると突然隣に現れた岩泉くんに思わず息を呑んだ。
「くん付けされると気持ちわりーからやめてくれ」
「あ、うん」
自然に私たちは隣り合って歩く。
「今日、部活は?」
「あーなんか、部活動紹介の準備とかで今日はないらしい」
鈍るぜと手をグーパーしている岩泉の隣には彼の幼馴染みだという及川くんがいなかったので、それについても聞いてみるとクラスの女の子たちに囲まれてチヤホヤされていたから置いてきたとのことだった。
「名前ちゃん、おかえりなさい」
「おばあちゃん!買い物なら私が行くって言ったじゃん!」
「ふふ、大丈夫よ」
買い物袋を持ったおばあちゃんと遭遇したので、その荷物を受け取る。
するとおばあちゃんは岩泉の方を見てあら、と驚いた顔をした。
「はじめちゃん、同じ学校だったのね〜。早速お友達になってくれたの?」
「こんちわ」
「はじめちゃん…同じクラスなんだ」
「まぁ…あ、そうだ!おまんじゅう買ってきたからはじめちゃんも一緒にどう?」
にこっと微笑むおばあちゃんを慌てて止める。
「ちょっと!急に誘ったら悪いよ!」「お邪魔します」
まじで
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200925
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