shadow warrior

伏黒


「よー名前、似合うじゃん」
「真希さんこそ…!」

当日、パーティ会場となるホテルに到着した真希は名前の親戚という役割で彼女の待機する部屋を訪れていた。

真希が着ているのはシンプルなデザインのロングワンピースだが、動きやすくするためか深いスリットが入っている。
そこから覗く太腿に名前がどぎまぎしているのを見て思わず笑みが溢れる。

「おい、そんな固くなってたら影武者だってバレるぞ」
「えぇ!?」
「堂々としてろ」

そんなこと言われても…と視線を落とす名前たちの部屋にノック音が響いた。



「名字準備は出来てるかって五条先生が」

「おう、恵か」
「!」

やってきたのはボーイに扮した伏黒で、白いワイシャツに黒のパンツ、そしてベストを身につけていた。
普段あまり見ることのない同級生の、スマートな姿に名前の緊張は高まるばかり。

「んじゃ、私は先行ってるから恵あとよろしくー」
「はい」

固まっている名前を残し、真希は伏黒と入れ替わるようにして扉から出ていった。
すれ違いざま、小さく伏黒を小突きながら

「盛んなよ」

と一言添えるのを忘れずに。







「あの、七海さんは?」
「…あー、ちょい遅れるらしい」
「えっ大丈夫かな」
「代わりに俺が会場までついてくから」

慌てて控室内の全身鏡を見ながら身嗜みの最終チェックを行う名前の後ろで、伏黒は腕を組みながら立っていた。

真希の捨てていった台詞が何度も頭の中を行き来する。
その度に、名前の大きく背中の開いたドレスに視線が持っていかれそうになり、思わずきつく目を閉じた。






「あれ、うまくいかないや」

そうしていると名前の焦ったような声がして伏黒は目を開いた。

相変わらず鏡の前でモタモタとしている彼女は、頭に何かつけようとしているらしい。

「なんだそれ」

「あ、あのね、顔があまり見えないようこれを髪につけろって言われてたんだけど」

そう言って名前が振り返りながら見せたのは、黒いチュールで出来た髪飾りだった。
小さなベールのようになったそれは、確かに映画などで高貴な女性が顔を覆うようにしてつけているのを見たことがある。

バレッタになっている部分を髪に付けようとしたものの、慣れない飾りに苦戦しているらしかった。

「貸せ、俺がやる」
「ううう、ごめんね…」

名前に近寄ってその飾りを受け取り、彼女が「この辺」と指差すところの髪を掬う。
名前は長い睫毛を伏せ、俯き加減に立っている。
そんな彼女の顔や、柔らかくさらさらした髪の感触と、広がる甘いシャンプーの香りが伏黒の五感を刺激した。

「…っ」

思わず手を止めた伏黒を、名前は不思議そうに見つめた。

「どうかした?」
「…いや」

なんでもない…と自分に言い聞かすようにして手を動かす。
なんとかバレッタを固定し、一歩後ずさってバランスを確認した。

「ま、こんなもんだろ」

その言葉に、名前は背を向けていた鏡に振り返って自身の顔を見る。
そして満足そうに微笑むと、鏡越しに伏黒の名前を呼んだ。

「ありがと!助かったぁ」

へにゃりした名前の笑顔が胸に突き刺さったと感じた時、伏黒の腕はすでに動いていた。

後ろから名前の細い身体を包むように抱き締める。

「へ!?ふふ、ふ伏黒っ!?」

驚いて真っ赤になる名前の顔が鏡に写っている。
くるりと巻かれた髪の毛先が揺れ、伏黒の頬に当たった。

「…悪い、少しだけ」

小さく謝る声が名前の耳元で響き、彼女も目を細めて黙ったまま頷いた。






お互いの鼓動が聞こえ合う。
いつの間にか、名前の中で任務に対する緊張は解けていた。




ポケットの中のスマホが震えたことで、伏黒はゆっくりと名前から離れた。
鏡に映る彼女の表情が少しだけ名残惜しそうなものになったのが見えてまた胸が高鳴る。

しかしおそらく、もう時間なのだろう。
スマホには名前を会場まで連れてくるようにとの通達が届いているはずだ。

「行くか」

そう呼びかけると、名前は一瞬困ったような顔をした。

「え、あ…うん。あの…」

何か言いたげな名前が伏黒を上目遣いで窺うように見ている。
自分の行動の真意が気になっているのだと理解して、彼女の髪飾りに触れた。

「後で…ちゃんと言うけど」

「え…」

動いたことで少し乱れたチュール生地を直して、そのまま手を名前の髪に滑らせた。
するりと髪を撫ぜたその手に意識を奪われている彼女の耳に口を近づける。


「好きだ」

「!」

途端にまた顔を赤くする名前の手を引き、部屋を出た。
後ろでは「えっ」とか「あの」とか、慌てたような声が途切れ途切れに聞こえているが、振り向かない。


会場まであと少し…。
そろそろ見張りをしている他の術師と合流するだろう。
ゆっくりと名前の手を離した。

「ほら、行くぞ主役」
「え…あ、はい」
「ちゃんと見てるから、安心しろ」
「う、うん!!頑張る!」

優しく微笑む伏黒に、名前は照れながらも両手を強く握って意気込んだ。

そして扉の前に立つ七海を確認すると、そっと彼女の背を押す。

「あ、名字」
「え?」

忘れてたとでもいうような伏黒の呟きに首だけ振り返った名前。
他の人には聞こえないよう、声のトーンを落として

「すごく綺麗だ」

囁かれた名前はまた、全身真っ赤にしながら黙って七海の方へ走っていった。

その背中を見つめる伏黒は、柄にもないことを言ったと同じように顔を赤くしながら頬をかく。
そしてふと顔を上げ、天井に設置された防犯カメラを見上げた。
おそらくその先にはあの面倒な教師と、同じく面倒な呪骸がいる。
全てはお見通しだと言わんばかりに笑われてるだろうと心の中で悪態をつきながら、カメラに向かって中指を立てたのだった。


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