虎杖に惚れちゃう色々無理な先輩

交流会が終わって数日、虎杖は突然任務へ向かうことになった。
自分はヘルプであること以外の詳しい内容は車内でと言われるがまま、待ち合わせの場所へと向かう。

道すがら、珍しく暇そうにしていた五条と出会ったのでどういう経緯なのだろうかと訊ねてみたが

「あー、名前と一緒なら大丈夫さ」
「名前、さん?」
「そ、2年。交流会のときは出張でいなかったし悠仁は初めましてだね」
「強いの?」
「まぁね。あ、でも真希みたいなタイプを想像してるとちょっとびっくりするかも」

何か含みのある言い方をする五条に首を傾げるものの「会ってみれば分かるよー」と笑うだけ。

「まぁ、全力で頑張って来マス!」
「うん。しっかり勉強させてもらっといでよ」

ひらひらと手を振り去った五条の言葉から、相手の名前という人物はなかなかの術師であると分かる。
まだ術師成り立ての虎杖と行動を共にするのだ、七海のように頼れる人間でないと務まらないだろう。
強い相手と出会えることに胸を躍らせながら指定されていた場所へ向かえば、今回も補助監督は伊地知のようでペコリと頭を下げられた。

「伊地知さん、お疲れっす!」
「急にお呼び立てしてすみません、さぁ乗ってください」

伊地知がセダン車の後部ドアを開くと、その奥には黒い制服が見えた。
「失礼しまーす!」と大きな声で挨拶をしてから虎杖はシートに身を滑らせる。

そのまま隣に座っている人物を見ると、窓枠で頬杖を付いたままの女子生徒がチラリと虎杖の方を向いた。

「へ、美人…!」

思わず小声で本音が漏れた。
特別顔が美しい…という意味ではないのだが、雰囲気が大人っぽく落ち着いて見えた。
本当に1つしか違わないのかと疑いたくなるような雰囲気を纏った名前という人物は、確かに強かったとしても真希とはタイプが違いそうである。
どちらかというと、前線では戦わない家入硝子を思わせる。
可憐だとか儚いとかそんな印象さえ持ち合わせている名前は、少し気怠げな目つきをしていてそれが妙に色っぽい。
男らしく格好いい真希とはまた違った角度のクールさであった。

「あ、虎杖悠仁です!よろしくお願いします!」

珍しく少し緊張しながら虎杖が挨拶すると、彼女はゆっくりと口を開く。

「初めまして。名字名前です。今日はよろしくね」

ふっと微笑まれ、虎杖の心臓が飛び跳ねた。
大人っぽい笑顔も魅力的だったのだ。

そんなことをしている間に伊地知が運転席につき目的地へと発車する。
簡単に説明をと前置きした伊地知が本日の任務内容について話し始めたので2人は静かに前を向いた。

「今から向かうのは山道にあるトンネルです。ここ数日原因不明の事故が多発し、現在は封鎖されています。
呪いの気配があると報告を受けたので、調査しに行く次第です」

「なるほどー」
「もし呪霊が見つかれば祓って任務終了。レベルなど詳しいことが分からないので名字さんに見て来てもらおうと」
「それ、本当に呪いかなぁ」
「え?」
「えっ?…と言いますと…?」

伊地知の言葉を遮るように隣から聞こえてきた声に、虎杖は自然とそちらを向いた。
名前は脚を組み、少し前屈みになって何かを考えているようだ。
真剣な顔つきに思わず虎杖の喉が鳴る。
何か別の原因があると察したのだろうか…言葉の続きを促す伊地知に答えるようにして、名前はさらに上半身を前へと近づけた。

「…幽霊、じゃない?」







しばらく車内に沈黙が走ったが、それを虎杖が破る。

「幽霊って…あの?」
「うん。お化け」

名前の表情は至って真剣である。
さらに少し身震いをして自身の両腕を摩り始めた。

「えっと… 名字先輩、怖いんですか?」

虎杖の問いに名前はパッと片手をあげた。

「名前さんでいいよ」
「はい?」
「堅苦しいの苦手なの。名前さんにして。先輩もなんかむず痒いから無理」
「あぁ…はい」

「あとね、幽霊も無理」
「えぇー呪霊は?似たようなもんじゃ…」
「呪霊は怖くないもん。でも幽霊は怖いよ」

虎杖にとってそこまで違いがあるとは思えない。
幽霊は見たことないから分からないが、グロテスクな呪霊を見てきた彼には余計にだ。
首を捻っていると、名前はそんな虎杖の顔を覗き込むようにしてきたので少し顔が近づいた。

「なんすか?」
「ねぇ、虎杖くんって本当に宿儺のこと食べたの?」

誰かから聞いていたのだろう。
観察するように虎杖の顔を見つめ、名前がさらに近付いてくる。
伊地知の話の続きはいいのだろうかと少し気にしつつも虎杖は素直に肯定した。

「えー、指でしょ?あれ食べるとか…私にはちょっと無理だなぁ。いや、普通は無理!」

鳥肌ァと身震いしてみせる名前は、至って普通の高校生だった。
釘崎にも「無理!」とドン引きされたなぁなんて虎杖が懐かしく思っていると、観察しようとしたのか名前が再び顔を近づけてきた。

距離の近さに少し恥ずかしくなっていると、頬に例の感覚が走る。

「無理とはなんだ」

「えぇっ!」
「あ!コラ!」

虎杖の頬に突然口が現れ、不満そうな低い声が車内に轟いた。
伊地知が怯えて車が不自然に揺れる。
勝手に出てきた両面宿儺を抑えようとすると、名前が目を丸くしながら大きめの声を出す。

「うわぁ!本当に宿儺なの?こっわ!」

最初に虎杖が感じた大人っぽさとはどこへやら。
怖いと言いつつほんのり笑っている名前は、確かに五条の言うように真希とはこれまた別のタイプのようだ。
幽霊に身震いしたかと思えば、目の前に現れた宿儺の口には本気で怯えていない。
見た目と違って明るく可愛らしい言動は、虎杖の心をあっという間に掴んでしまった。

「ごめん名前さん、勝手に出てくんだ」

ぺちんと頬を叩き、宿儺を自身の顔から“追い出す”。
すると名前が虎杖の頬に柔らかな手のひらを滑らせた。

「ふぅん…せっかくのイケメンが台無しにならないように抑えなきゃね」
「っ」

間近で微笑む名前に胸を高鳴らせる。
それに気付かれないよう視線を逸らせば、話の続きをしていいものかと窺う伊地知とバックミラー越しに目が合った。

「あ、伊地知さん…続き」
「おっと忘れてた」

虎杖から離れてシートに背を預けた名前が「どうぞ」と仕切ると伊地知も説明を再開したが、とにかく目的地に着いて様子を見ることから始まるのだということだけが確実なようだった。







「うわ、こりゃ帳いらないねぇ」
「ほんとだ」

夕方になっていたこともあり、やっと着いたトンネル入口付近は周囲も含めて暗かった。
中もポツポツと暗い電灯がついているだけで、ほぼ車のライト任せになっていたらしい。
通行止めになっているためこの場にあるのは高専の車のみ。
下車した3人は軽くその場で話し合い、とりあえずは術師のみが中に入ることにした。

「歩きで入って大丈夫ですか?」

心配そうに訊ねる伊地知に名前は笑って答える。

「大丈夫大丈夫!中がどうなってるか分からないのに車で入って伊地知さんに何かあっても困るし。確実に電波のある外で待っててくださいね」
「分かりました、あまりに遅いようでしたら応援を呼びますね」
「お願いしまーす」

入り口付近では特に異常を感じない。
虎杖が周辺を軽く捜索していると名前が彼を呼んだ。

「行こう」






「本当に歩きで良かったの?」

ひたひたと2人分の足音が木霊する。
虎杖の問いに名前は静かに頷いた。

「もし呪霊がいるとして、そのトリガーが何かも分からないからね。車で入ることが条件かもしれないと思ったら伊地知さんに頑張ってもらうことになるけど」
「なるほど…」

最初は入り口から入り込んでいた車のヘッドライトの灯りももう届かなくなっている。
歩くと結構長いものだなと虎杖はあらためて周りを見た。

「車でしか通ったことないから知らなかったけど、トンネルって結構広いんだなぁ」
「確かに…私も歩きで入るのは初めて」
「呪霊、いるかな?」
「んー…幽霊はいそう」
「マジでそう思ってるんすか?」
「だって、この雰囲気はそうじゃない?」
「まぁ怪談ではよくあるけどさ…走って追いかけてくるおばあさんの話とか」
「やだー!そういうの本当無理だからやめて!」

本気で嫌がっている名前が可愛くて、つい揶揄いたくなるのをなんとか抑える。
俺って結構ガキなんだなと虎杖が自分に呆れていると、名前はぴたりと歩みを止めた。

「名前さん?」
「いた!」

名前がパッと上を指さすと、真っ暗な天井のはずが何か蠢いているように見えた。
虎杖がその何かを捉えようと目を凝らしていると、名前がスマホを取り出してライトを上へ向ける。

「ゲッ」

小さな光が天井に向かった衝撃か、蠢いていたものが勢いよく落ちてきた。
虎杖は隣にいる名前を庇うようにしてそれを避ける。

「ありがとう!今の見た?」
「見た!なにあれ!」

落っこちてきたものは、ヘドロのような質感をしているので生き物とは思えない。
しかし意思を持って動いている様子から呪霊でまちがいないだろう。

名前は虎杖に肩を支えられたままスマホを覗き込む。

「とりあえず伊地知さんに報告できるかやってみるね!私、その呪霊とは相性悪そうだから虎杖くん祓っておいて」
「えぇ!?」

するりと身を翻して虎杖から離れた名前は、伊地知に電話しようと画面に夢中だ。
彼女に向かうヘドロ状の呪霊を虎杖はなんとか弾く。

「ちょ、危機感なくねぇ!?」
「もしもーし?あれ…やっぱり電波悪いなぁ」
「名前さーん…もしかして全部俺にやらせる?」
「これだから格安スマホは…あ、虎杖くんいい感じだね!」
「あの、結構量多い気がします!」
「1つに見えたけど何体もいるパターンなのね。これが車をスリップさせたりして事故らせてたのか」

名前は電話を諦めたのかスマホをポケットに仕舞い、虎杖によって動きを止められた呪霊の残骸を足でつんつんと突いた。
自ら率先して祓おうとする様子が見られないため、虎杖は小さくため息をつき拳を振るうことに専念する。

「こんなのでも殴れるなんて優秀だね!」
「ちなみに、名前さんの術式ってどんなの?」
「んー?えっとね」

単純な攻撃しかしてこない呪霊を叩きながら虎杖が問えば、名前は軽く目を閉じて耳に手を当てた。
何かを聞くようなポーズをしたかと思うと、すぐに地面に向かって手を振り下ろす。

ビチャッと音がして呪霊が動きを止めた。
天井から落ちてくるものばかりだと思っていたが、下にもいたらしい。虎杖は全く気付かなかったことに少なからずショックを受けつつ名前の動きに魅了された。

「今の…合気道?」
「分かる?私の術式は対象の動きが音で分かるの。呼吸や筋肉の動きの音に合わせてポイントを絞って少し力を入れれば倒せるってやつ」
「すげぇ!滑らかだった!」
「ありがとう。真希ちゃんみたいに力がないからね、ポイントを狙う戦い方になっちゃうんだけど」

力任せに殴る戦い方とは違い、名前は舞うように動いていた。
ヘドロのような形態とは相性が悪いのも頷ける。
確かに常に流動しているような生き物ではポイントを見つけるのは苦労しそうだ。
虎杖が納得しながらも最後の一体を仕留めれば、トンネル内にまた静寂が訪れた。


「終わったかな、ありがとう!」
「名前さんの動きもっと見たかったなー」
「人間相手でも使えるから、今度手合わせしようか」
「いいの!?やるやる!」

相変わらずほのぼのとした空気を纏う名前に内心癒されつつ、虎杖はぐっと体を伸ばす。

「伊地知さん心配してるだろうし戻ろうか」
「おす!」

2人が踵を返すと、突然ぴちょんと水の音が聞こえた。

「ん?雨漏りかな」

虎杖がくるりと振り返る。
薄暗くてよく見えないが、特に変わった雰囲気はない。
しかし名前は隣で体を硬直させている。

「呪霊の気配はないけど…なんか寒気がする」
「え?風邪?」
「違うよ!やっぱり他に何かいるんじゃ…」
「… 名前さん、ビビりすぎ」
「虎杖くんが変な話するから怖くなっちゃったんじゃん!」

あははと笑う虎杖の腕を殴りながら名前は必死に訴える。
さっきまであんな姿の呪霊を相手にしてたくせにと虎杖が腹を抱えていると、今度はカツーンと固いものがぶつかる音がした。

「ひぃ!」
「え、なんだろ」

パラパラと小石が転がるような音が木霊する。
そしてまた先程の固いものがぶつかる音が不規則に響いてきた。

「虎杖くん…なんか、音…大きくなってない…?」
「…かも」

流石の虎杖にも緊張が走る。
自分たち以外の何かがトンネル内にいる…?
音が反響してどこから聞こえているのか、どれほど近くにいるのかも分からない。
チカチカと点滅している灯りは当てにならないし、目を凝らしたところでその何かを確認することは出来そうもなかった。

「名前さん、大丈夫?」
「無理。無理すぎる。動けない」

隣にいる名前は声を震わせ立ち尽くしている。
謎の音は相変わらず聞こえているし、時折ズルッと何かを引きずるような不穏な音までするので名前はその場で目を閉じて耳を塞いだ。

「名前さん、とにかく外、出よ?」
「無理無理無理!何も見たくないし聞きたくないの!」

イヤイヤと首を振る名前に一瞬悩んだが、虎杖はすぐに拳を作って声をかけた。

「大丈夫!目瞑って耳塞いでて!」
「え、なに?」

どういうこと?と訊ねようとした名前の身体を浮遊感が襲う。
ひぁ!と可笑しな悲鳴をあげた名前は思わず目を開くが、その視界に映ったのは虎杖の顔だったので自分が抱き上げられたことを理解した。

「い、虎杖くん!?」
「俺がダッシュでここ抜けるから名前さんは目閉じてていーよ!」
「え、嘘でしょ!ダッシュって…人ひとり抱えて出来るわけ」
「だーいじょーぶ。行くよ!」
「きゃあ!」

名前は至って普通の体型である。
子どもならまだしも、高校生をお姫様抱っこすること自体すごいのにさらにそのまま走るだなんて。
虎杖の身体能力がずば抜けていることを改めて思い知らされながら、名前は普段自分が走るよりもずっと速く風を切る感覚に思わず目を瞑った。

とにかく歩いてきた方を目指して走れば、入ってきたときよりもずっと早く外へ出ることができた。
途中で何かにぶつかる感覚があったものの、陽の元に出てみれば自分も名前も五体満足だった。

「名前さん」
「…もう出た?」
「ハハ、出たよ」

腕の中でじっと目を瞑っている名前に声をかけてやれば、そおっと片目が開かれた。
安心したようにため息をつく名前。
虎杖がそれを確認して地面にゆっくりと下そうとすると

「虎杖くん、すごい格好良かった…」
「エッ」

下からうっとりと見つめられて思わず赤面してしまう。
名前の瞳には熱がこもっていて、虎杖も悪い気はしない…どころかかなり嬉しい。

「後輩の男の子にこんなドキドキしたの初めて」
「へ?いや、そんな…」
「ありがとっ」
「え」

虎杖の首に名前の細い腕が巻き付けられた。
そして同時に頬に落とされる柔らかな感触。

キスされたのだとすぐに分かった。

「惚れちゃったかもしれない」
「え、うそ、マジで…?」

ふふっと間近で笑う名前に眩暈がする。
こんなにあっさりと好意を寄せられることがあるのか?
何より、自分も「いいな」と思っていた相手だ。

「虎杖くん、今度の休みデートしようよ」
「ええ!?い、いいんすか!?」
「虎杖くんともっと仲良くなりたいな」

そんな風に言われたら承諾する以外の選択肢はない。
虎杖が大きく何度も頷きながら「お願いシャス!」と叫びかけたとき、また自身の頬に宿儺の口が現れた。

「小娘、もう一度来い。その唇ごと喰ってやる」
「バッカ!お前!いいところで!!」
「うわー、宿儺ってそういうセクハラじみたこと言うんだー私そういうの無理ー」
「せくはらとはなんだ?馬鹿にしているのか」
「おめーは黙ってなさい!!」

べちっと強く頬を叩く虎杖と、彼に抱かれながらケラケラ笑う名前。
そして、その2人の背後から背広を泥だらけにしながらよろよろと近づいてくる伊地知。

「て、伊地知さんどこ行ってたの?」
「うわ、ドロドロじゃん!」

ナチュラルにいちゃつく高校生らに目を細めていた伊地知はぽろりと涙を零した。

「… 名前さんから着信があったので、とにかく2人のところに行こうとトンネルに入ったのですが…暗いし見えないしで…転びながらなんとか進んでいたら何かに撥ねられて…」

「え、なんで車で来なかったのかな」
「分かんないけど…撥ねたのって俺かも…」

声を潜めた名前に虎杖も合わせた。
トンネルを出る途中、何かにぶつかった気がするがおそらくあれは伊地知だったのだろう。
本人は気付いていないようなのでとりあえず黙っておくことにする。

虎杖の腕からそっと地面に降りた名前はぎこちない笑みを浮かべながら伊地知にハンカチを差し出し

「と、とにかく帰りましょ?運転できます?」
「…ハイ」

未だ涙目の伊地知をなんとか励ましながら車へ誘導し、2人はやっと帰路に着くことができたのだった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
210828

[ 8/8 ]

[*prev] [next#]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -