パンクハザード 6

コノテーション

 キアーラが内部調査を行っている間に、いろいろと面白い展開になっていた。
 まず、フランキーの中身はナミだった。ローの能力により精神が入れ替わってしまったのだと、恥辱を受けたナミフランキーは、男の機械の体から女性的な口調で辺りの雪を解かさんばかりの怒りをローへぶつけていた。なお、ナミの体にはサンジが、サンジの体にはチョッパーが、チョッパーの体にはフランキーの精神が入っているのだという。何それ見たい。
 次に、炎側から上陸したルフィ達とすでに合流し、今はサンジが連れ出したサムライの体探し、同じく研究所から連れ出した大きな子供達を島に縛り付けている"元凶"を叩きにいくつもりが、雪男に襲撃され攫われたナミフランキー救出するグループに分かれて行動していたらしい。こうして、幾つかの壮大な場面転換を繰り返していたところ、麦わらの一味との合流を目指していたローとキアーラに偶然出会ったのだった。

「フラ、ナミさん。痛いところはない?重くない?動きやすさはどう?」
「あんた、心配してるふりして機能性確かめようとするのやめて。笑い堪えてるのもやめて。逆に辛いわ」
「ごめんナミさん。じゃあ、凍傷大丈夫?熱持ってたりしてない?何か稼働してる感じある?その姿すっごい面白いよ」
「あからさまに言えってことじゃないわよバカ!この薄情者!」

 すでに体と精神の交替で散々一味にいじられていたらしく、ナミはフランキーの瞳から大粒の涙を流しそうな勢いで横を歩くキアーラに突っかかった。フランキーの巨体でナミの勢いとは、ある意味最強かもしれない。雪山に馴染むこのナミ入りの大男は、随分と雪男らしい。
 前を歩くルフィとローの後ろで、ボロボロの姿で気絶しているフランキー入りのチョッパーを抱えたキアーラは、慣れない雪山を懸命に歩く"鉄人"に遠慮なく笑った。キアーラは当初、ナミ本来の体より過酷な雪山登山は随分楽ができるだろうと思ったが、やはり別物の体での動作は歩幅や目線の高さ、力の入れどころなど、本来の感覚との差異により動きがぎこちないように窺える。時折、上半身の重さで後ろに倒れそうになったりナミにとって重すぎる足が前に進まなかったりと、違和感だらけの体に「あぁもう!」と声をあげることもあった。
 また、ローから持ち掛けた同盟の話も相まって、ナミの苛立ちや焦りは大きく膨らんできている。一方で「早く知らせなきゃ!」と急かすあたり、合流地点で待っているらしいウソップ達同盟反対勢力(推定)の援護に微かな期待を寄せているらしい。だがナミは理解しているだろう。ルフィは四皇を倒す以前に、すでに自分勝手さは四皇クラスに達しているのだと。この同盟は、すでに締結済みとも言えるのだ。ナミの期待はおそらく泡となり、ついでに言えば、どのような結果を望んでいるのか知らないが、ローの計画もルフィによって大きく遠回りする羽目になるだろう。

「キアーラ、あんた何食わぬ顔で合流してるけどね、覚えておきなさいよ。こっちは大変だったんだから」

 キアーラが盛大に叱られる未来も見えた。

「イエス マム…」


* * *


「「えぇ〜っ!?"ハートの海賊団"と同盟を組む〜!??」」

 第一、第二研究所跡地。
 かつては政府の科学者や囚人が出入りし、実験・研究に勤しんでいたはずの施設の姿は最早跡形もない。外よりはまだマシだが、隙間風が内部に侵入し冷たい空気が唯一露出した顔面を刺す。しかし人が集まって動いていると気温は徐々に高まり、温かささえ感じられる。剰え、内容はさて置き、ローの持ち掛けた同盟話で盛り上がるウソップやナミ達を見ていると、シュールさで心まで温まった。
 傷だらけのフランキー入りチョッパーをチョッパー入りサンジに治療を託したキアーラは、一歩引いて事の成り行きを見守るロビンの横に立った。定位置となっているこのポジションでロビンと詳細な情報交換を行う。ロビン側もロビン側で、ドラゴンに遭遇したり、真夏と真冬の間にある海に落ちたりと大変だったようだ。能力者であるロビンとルフィが海に落ちるとは、死ぬ思いをしただろう。話を聞いたキアーラは彼らが無事でよかったと心から安堵した。

 安心と疲労と、それらを表情に浮かばせたキアーラの背中をロビンは二度軽く叩いた。そして「私達、忙しくなるわよ」と言うあたり、ロビンは激励の意味を込めたらしい。キアーラは「そうだね」と一拍置いて応えた。
 敵は頭のとち狂った科学者"シーザー・クラウン"、同盟相手は高名な"死の外科医"トラファルガー・ロー率いるハートの海賊団。どちらも何らかの学問を究めた天才達である。新世界で立ち回る彼らが、何か裏に仕込まないはずがない。そして、天才が仕込むトラップは生半可なものではないだろう。
 ロビンが言う「忙しくなる」とは、それらを見抜く目のことだ。敵の武器が科学ならば、科学で打破した方が確実性は高い。ロビンはそのことを見越してキアーラを鼓舞したのだった。

 再度、なかなか纏まらない同盟についての話し合いに目を向ける。ウソップは相手が相手だけに夜もオチオチ寝てられない、と。ナミは自分達の航路は自分達のペースで進んだ方がいい、と。ロビンはルフィのに従うが、相手の"裏切り"を警戒してルフィは同盟には不向きではないかと訴えた。キアーラはロビンの意見に近い考えを持っており、ローから話を直接聞いてからルフィの意向に従う意思はできている。

「え?お前裏切るのか?」
「いや」

 あっさりとした表面的なやり取りだが、パンクハザードに滞在し続ける限り、これはローの本心だろう。その後については警戒しなければならないが、仲間を引き連れず、単身で得体も知れない科学者の根城に乗り込んだたった一人のローが、全てを敵に回すような真似はしないはず。そのような考えがあった。

「ルフィくん、打算的にいこう。どうせ利用されるんだから、こっちも利用したらいい」
「おい、取引相手を前に言うことか?」
「トラ男さんへの牽制も込めて、だよ」

 定着しつつある「トラ男」という舐めた呼び方で、まだ誰も触れていない、ローに内包されている作戦に話題を掠めると、ローとキアーラの間には一瞬ピリッとした空気が走った。鋭い眼光は、向けられていないはずのナミ達にも脅威となったらしい。「ほら!危ないわよ!」と再び同盟撤廃へと訴えかけた。
 しかし、ルフィは快活に笑う。両手を腰に当て、堂々と仲間達の前に出で立つルフィは、「とにかく」と不穏な空気を断ち切った

「"海賊同盟"なんて面白そうだろ!?トラ男はおれ良い奴だと思ってるけど、もし違ったとしても心配すんな!おれには二年間修業したお前らがついてるからよっ!」

「ルフィ…お前…」
「や…やだもー。ルフィったら照れる〜」
「そりゃな、おれ達は頼りになるけど」
「よ…よしルフィ!おれ達にどんと任せとけ!!ゾロ達もビビってやがったら、おれ様が説得を!!」
「しッ、心臓が痛い…!うわッ、痛い!良心が…ッ!」
「大丈夫?」

「……」

 大体が締まりのない顔で照れたり小躍りしたり胸を張ったりと上機嫌になる一方、ロビンに縋りついて自身の左胸を鷲掴む女が一人。嘘や騙しをしないだけあって、ルフィの言葉一つでも影響力は多大なものである。
 だから普段はネガティブであっても、ルフィの曇りない信頼感を言葉にされてしまえば自信も付くし陽気にもなる。その反面、嘘は言わずとも隠し事や後ろ暗いことなどしてみれば、ルフィの純粋無垢さは毒にもなる。
 キアーラは恥ずかしかった。例え二年前の大恩人と言えど、元来ローは海賊。同盟はルフィに一存すると言いつつも影でローを警戒していれば、本人は持ち前の楽観さと意志の強さで小さなことなど吹き飛ばしてしまいそうな勢いだ。ルフィのせいで、警戒していたことに対してローへ申し訳なさすら思ってしまった。

「キアーラ、少し羊臭いわ。離れてくれる?」
「…はい」

 取り敢えず、同盟は場内一致で成立。次は子供達とサムライについて、そして早期に冬物コートが必要であろう。



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