スリラーバーク 45

心の不条理から

 若干の粘着性のある感覚が頬に伝わる。そこに手を当ててみればベッタリと血がついていた。恐らく最初の一撃目で傷が出来たのだろう。
 ガラガラと、瓦礫の中から起き上がってくる彼の顔にはニヤリと気味の悪い笑みが張り付いていた。違う、おじさんはそんな笑い方をしない。そんな私の気持ちを知るはずのない彼はその目を容赦なく私に向けてくる。

「お嬢さん、えらい力強いなァ。おれァびっくりしたぜ」
「すみませんねェ。ついうっかり」
「うっかりって…、末恐ろしいお嬢さんだ。あァそれとなんだ?おれに聞きたい事があるんだっけ?」
「はい。聞きたい事っていうか、確認したい事が少々ありましてね。答えてもらっても構いませんか?」
「あァいいぜ。答えられる範囲でだがな」

 意外とあっさり了承をもらった。
 モリアに忠誠を誓ったゾンビなら、殆どか易々と情報を話せるかっ!というタイプなのかと思いきや、ゾンビにも個人差があるようだ。そして、この短い間の会話と先程見たルフィくんゾンビから考察すると、ゾンビの性格は影の持ち主に影響されているように思う。

 あぁ…、腹立たしい。
 土に還った筈のおじさんの身体が、こうも好き勝手使われてしまっているのか…。私は怒りを押し込め、彼に質問をした。

「フェイロン…という名はご存知ですか?」
「…そりゃァおれの事だ。仲間連中からそう呼ばれてる」

 性格は影でも、名は身体の方を使うのか…。

「…そうですか。じゃあ、あなたが持っているその双剣があなたの武器で間違いありませんね?」

 私がそう断定的に言うと、彼は両手に持っている双剣を掲げて見せてきた。

「そうさ。おれは刀の方が好きなんだがよォ、何でか知らねェけどコレが一番しっくり手に馴染むんだ。なかなか良い代物だろ?」

 ええ、その双剣の良さは十分に知っている。
 なんたって一年ほどその双剣でおじさんにしごかれたのだから。

「では最後に、………私に、見覚えはありませんか?」

「…ねェな」
「……、…そうですか。わざわざ質問に答えて頂いてありがとうございました」

 私は馬鹿だ。何期待しているんだ。
 おじさんは私の目の前で死に、大きなことわりの中へと入っていったはず。私のように禁忌を犯したわけでもない。
 おじさんの身体は次の命を育むと信じ、土へと還ったのに。これは死者への冒涜以外の何物でもない。
 だからこの悪魔の所業に一瞬でも期待した私は大馬鹿だ。死して、再び生を得る辛さを知っているくせに。
 あぁ…、こんなに継ぎ接ぎだらけの身体になってしまって。きっと肉体も改造させているのだろう。

「…今度は未来永劫、目覚めないようにしてあげますからね」


 今度こそ、本当の自由を。



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