スリラーバーク 42

あの日々

  青い青い空の下、世界を渡った異端な少女と悪名と引き換えに自由を手にした男は出会った。
  男は、居場所も生きる気力もなかった少女を引き取った。
  ただの気紛れだった。島には悪名高い男に近づこうと思う者はほとんどおらず、孤独に生きていた男は誰でもよかったから誰かをそばに置いておきたかったからである。

  男は少女に世界の地理、社会情勢、世界通貨、思想などといった世界で生きる術を教えた。 しかしそこで、思いもよらぬことが起きる。少女が異常に強かったのだ。
  軍人のように精練された静かな動き。表で生きていれば備わる事のない冷酷な目、殺気。そして、年端のいかない少女とは思えぬほど博学であり、見たことのない術を駆使し様々なものを創り上げていった。
  それを知った時、男に衝撃が走った。この娘なら自分の夢を引き継いでくれるのではないか、と。

  それから、男は少女に強さを与えた。少女もそれを望み、男と少女に師弟という関係ができた。

  晩年、男は病に侵されたが幸せだった。ある騒動の後から孤独に生きていた男に孫といえるほど年が離れた弟子ができ、自分の持てる技術を注ぎ込み、慕われ、そして最愛の弟子に看取られ、死んだ。

  少年時代からの夢を叶えることはできなかったが、悔いなど全くなかった。この弟子が夢を引き継いでくれると信じていたから。

  そして残された少女は、男が好きだった空と海が一望できる誰も知らない丘に立派な墓を建て、自分の夢となった男の夢を叶えるべく海へと出た。

  1年前までの、約2年間の出来事である。







―――屋敷最上階 ドクトル・ホグバックの研究室



「リューマ。下の階からお客が来たみたいだぜ」

 研究室内で、自身の影を取り返すべく戦っているブルックの後方から別の男の声が聞こえた。
 少し振り返ってその声の主を目で辿ると、これまで見てきたゾンビと同様につぎはぎだらけのリューマとは多少デザインの違った着物に身を包まれた男がいた。しかし、リューマよりも身体的年齢はいくらか上に見える老人だった。

「ヨホホ。私は今忙しいので接客はお任せしてもいいですか?―――フェイロン」
「あぁ。なんか身体が疼いて仕方がねェんだ。最高級のおもてなしをしてやらァ」

 ニヤリと不気味に笑うゾンビに、その笑い方はどこか似合わなかった。



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