海上小話 22

葦の海

 新しい仲間が出来た。名前はアルジェント・キアーラという、黒い髪、黒い目、黒いコート、仕舞いには"鴉"とかいう黒を象徴する異名まであるまさしく黒一色の女だ。そして、まだ女性と言うには幼さが残るような見た目とは裏腹に億越えの賞金首だというからまた驚きだ。実力はまだ見ていないからどうとも言えないが、実力者特有の余裕というか落ち着き方というか、笑顔の裏に隠れた大物感がちらほら垣間見える時がある。
 まぁ何がともあれ、こいつはオレが麦わらのクルーになって初めての後輩とかいうやつだ。ぼちぼち可愛がってやるとするか。

 あの夏島を出航してすぐ、甲板で全員が鴉に自己紹介をした。オレもこのスーパーな体を全面に推してコーラとロボの素晴らしさを説きまくった。そして今度一緒に機械について語り合おうと言えば、思いのほか食いついてきた鴉とオレは固い固い握手をして友情を深めたのだった。
 これはオレの持論だが、機械好きに悪い奴はいない。ルフィの言葉を借りれば、こいつは絶対いい奴だと確信した瞬間だった。
 各自自己紹介も終わり、一度荷物を片付けようとナミが提案して鴉は女部屋へと案内されていった。まだ新しい船だし、これから仲間を増えることを想定して部屋数は少し多めに造っているからそこらへんのことは問題ないだろう。
 自分が予測して設計した通りにサニー号が使われていくのにちょっとした優越感に浸っていれば、ウソップに「何ニヤニヤしてんだよ」と言われた。悪いかこの野郎。

「キアーラっ、それ!?」

 女部屋からナミの甲高い声が聞こえた。野郎は女部屋に入れねぇからロビンが代表して扉を開ければ、ナミが鴉の手を掴みあげていた。
 誰もがナミが掴みあげている手に注目していた。

 生身の人間の手とは到底かけ離れた色をした手。決して体温を感じることのない鉄の手。

「あ…、いやこれは…、隠していたわけじゃ…」

 鴉は言い訳する時のように目を泳がせているが、そんなこと今は誰も気にも留めていなかった。あれは義手だ。まだ手首から上しか見えていないが恐らく最低でも肘までは義手なのだと思う。オレは扉際に立っていたロビンを押し退け、ナミからしゃくり取るように鴉の手を掴むとコートの袖を肘当たりまで捲り上げた。

「やっぱり肘も義手か。……おい、鴉」
「な、なんでしょう」
「お前―――、良い腕してんじゃねえか!!おら、コート脱げ!この調子じゃ肩もそうなんだろ?」

 外野のセクハラだという声なんて無視だ無視。
 早くしろと急かせば、鴉はコートを脱いでタンクトップ姿になる。
 案の定、義手は肩口まであり、ぱっと見だがそれは精密な作りになっていて思わず感嘆の声が出た。
 後からルフィやウソップも、スゲーカッケー!と子供のようにはしゃいでしたが、一部からはヒッ、という短い悲鳴も聞こえた。
 恐らくその悲鳴の主が見たのは、義手と身体の繋ぎ目だろう。生身の部分にネジを埋め込み、義手と身体を繋げているのだ。自分の身体を改造したオレから見ても、そこは生々しく思える。

「キアーラ…、その腕、どうしたの…?」

 ナミが鴉に問い掛けた。確かに義手云々聞く前に、まずはそのことについて問うべきだろう。
 オレはがっちり掴んでいた手を離せば、鴉はガシャンという音を鳴らしながら引っ込めれば、生身の方の右手で義手を撫でると苦笑いを浮かべていた。

「…これについて話せばすごく長くなるんですけど、それでも構いませんか?」
「当たり前だ!いくらでも聞いてやる!」
「私も興味あるわね」
「おおおれも医者として…!」
「ビビってんじゃねえかよ」
「オレ気になるな」
「キアーラさんの話ならいくらでも聞いていたい!」

 各々が肯定の気持ちを伝えれば、鴉は「とても聞いて気持ちの良い話ではないですが」と、話すことに後ろめたさを残しながらも語ってくれることになった。
 そして、食堂に移動して語ってくれた鴉の真実は、オレたちが思っていたものよりも遥かに重く、壮絶な道を歩んできたのだと圧倒されるようなものだった。



- ナノ -