コロナ島 19

ほんのり染まる

「あのー…。これはどういう事?」

 眼前で繰り広げられているのは、運ばれてゆく肉を腹に溜める作業に没頭している麦わらの少年だったり店の女将と酒の飲み比べをしている緑の剣士だったり、ご主人と一緒に料理を作っているコックだったり、鼻に割り箸を突っ込んだり以下略。
 簡単に状況を説明すると、

「ほらキアーラおねえちゃん!これ食べて食べて!」
「お、おぉ…」

 with 麦わらの一味 in キョウくんヒロくん家の酒屋。つまり一緒に宴をしている、という事である。

「キアーラ姉全然食べてないじゃん。ほらこれ、父さんが作った海鮮ピラフ」
「…ありがとう」

 せっかく酒屋のご主人が作ってくれたのだから食べないわけにはいかず、美味しく頂いているのだけど……いや、何で?
 訳が分からない。キョウくん達を助けられたのは本当に良かった。きっと麦わらの一味がいなかったらもっと長引いてただろうし、私もこれだけの軽傷で済んだと思う。
 けど彼らも海賊なら、私なんかほっといてさっさとキョウくん達を助けたっていう手柄を持って帰ったら良かったのに…。噂通りよく分からない一味だ。

 キョウくんが渡してくれたピラフは本当に美味しい。ご主人は料理好きなんだなぁという思いが伝わってきて、胸がほっこり温かくなった。ヒロくんも小さなタヌキと一緒に楽しそうにしているのが見えて本当に大事なくてよかったと思った。
 けど、彼らは怒っていないのだろうか。先の騒動は私が原因なのは明らかだ。それに親なら我が子がいらぬ騒動に巻き込まれたと知って、腹が立たないのだろうか。
 麦わらに訳も分からず手を引かれてここまで来てしまったけど…。よく考えればここに私がいるのはやっぱりだめだ。この場にいてはいけない。
 取り敢えず、きちんと謝罪はしよう。札付きの身だけどそれくらいの事はしなくてはいけない。

「ご主人、女将さん」

 どんちゃん騒ぎだった空気が、ピリッと張り詰めた気がした。麦わら達も忙しなく動かしていた手を止め、私に視線を向けているのが分かった。

「…今回の騒動でキョウくんとヒロくんが海賊に攫われたのは、私の思慮に欠けた行動のせいです。自分は恨みを向けられる存在だと知っていながら二人を危険に巻き込んでしまい…、怪我まで…。本当に申し訳ありませんでした」
「……」

 ご両親の前に立ち、深く頭を下げた。私はそれだけの事をしたのだ。もしかしたら死んでしまったかもしれないという危険な場所に二人を巻き込んでしまったのは紛れもない私で、ご両親からどんな咎めも受け入れるつもりだ。

「ねぇ、どうしてキアーラおねえちゃんが謝ってるの?」

 すぐそばで、ヒロくんの幼い声が聞こえた。次に来る言葉はご両親からの罵倒だと覚悟していたから、純粋に疑問に思っているというヒロくんのこの声色に私はすっかりど張り詰めていた気が緩んでしまって、どうしてどうしてと言うヒロくんの言葉に困惑してしまった。

「えっとね…。あー、なんて言ったらいいのかな」

 幼子に分かるように説明するスキルなんて私は持ち合わせてない。あーホントに何て言ったらいいいの?これについては他人に頼るわけにもいかず、どうしようかと悩んでいた時、私に張り付くヒロくんの肩に手を置く女将さんがいた。

「そうねぇ。私にも分からないわ」
「―――――へ?」

 まさか同意するような言葉が出るとは思ってもみなかったものだから、反応が遅れた挙句間抜けな声が出てしまった。

 正座したまま呆然としていた私に女将さんはニコリと柔らかい笑みを向けた。……否、何やってんのしゃんとしなさい、という副声音が聞こえそうな、威圧感たっぷりの笑みだと訂正する。意味もなく、すみませんッ!と謝りながら姿勢を正す私は、はたから見れば酷く滑稽に写っているだろう。

「キアーラさん」
「はい」

 背筋をピンと伸ばし、アメストリス国軍の士官学校で支給される教科書ばりの気をつけの姿勢をした。士官学校に行った事ないからそこらへん詳しくは知らないのだけど…ってそんな事言ってる場合じゃない。

「そこまで固くならなくてもいいのよ。楽に聞いてちょうだい」
「はっ」

「「「「「…………」」」」」

 あ、普通に休めの姿勢しちゃったよ。なんかこの女将さん、師匠を追懐させる雰囲気があるから逆らっちゃいけない気がする。これ絶対。この家では女将さんの天下だと見た…ってホントそうじゃなくて!

「あの、女将さん…」
「ヒロの言う通り、貴女が私達に謝る理由が分からないわ。キアーラさんの言葉を借りるなら等価交換、かしら。ヒロの怪我を治した。店を直した。町に悪さをしていた海賊を蹴散らした。貴女は私達がお釣りを払わないといけないくらいの事をしくれたわ。なのに、どうして貴女が謝る必要があるの?」
「………」

 何も言えない。私お得意の等価交換を出されてしまえば、最早ぐうの音も出ない。それでも命とそれらを天平に掛ける訳にもいかず「しかし」という接続語を言い終わる前に女将さんからの「何か文句でもおあり?」の言葉であえなく撃沈。ご主人含む周りのギャラリーからの同情の目がとてもイタい。
 けど、こんなにもあっさり許されてもいいのだろうか。はいこの話は終わり終わりと宴会の空気に戻そうとしている女将さんを見て、私は少し不安になった。また同じ過ちを犯しそうで。そんなつもりは微塵も持っちゃいないけど、こんなにあっさり終わらされてしまったら罪の意識がいつか風化しそうで、不安になる。

「不服そうね」
「!?」

 いつの間にかあのニコ・ロビンさんがグラスを二つ手に持って私の横に並んでいた。どうぞと手渡されたグラスにはアルコールの独特な香りがしていて、飲酒の経験がないわけでもないのにちっとも飲む気にはなれなかった。

「…そう見えますか?」
「ええ。こんなに簡単に終わって不安って顔に見えるわ」
「………」

 ――図星だ。私はそんなにも分かりやすい顔をしていたのですかと、そう問えばまた肯定の返事が返ってきた。店内は女将さんの働きでまた宴の雰囲気の戻っており、まだチラチラとこちらを伺う目は多少あるが気にするほどでもない。隣のロビンさんも私を気にする様子もなく優美に酒を呷っていた。

「ここの女将さん、強い女性ね」
「…私も、そう思います」

 ロビンさんの言う通り、女将さんは懐の広く強い女性だと思う。一瞬呆れからくるあの態度なのかと思った時もあったけど、女将さんの目からはそんな呆れなんて感情は微塵も感じられなかった。それと同時に意思の強い人なのだろうだと思った。いや、実際強い人なのだ。だから未だにうじうじしていた私にあっさり区切りをつけてくれて、何事も無かったかのように振舞ったいるのだろう。
 そう考えれば、先程醜態を晒した自分にとても恥ずかしくなった。ただ謝れば済む問題じゃなくて、その後は自分自身で考えろと教えられたような気がする。それならば絶対にこの気持ちを風化させてはいけないし、…私はもっと大人にならなければならない。

「私、子どもでしたね」
「ふふ、そう?」
「はい。とても子どもでした」

 もう一つ、新しい目標ができた事で何だかスッキリできたような気がする。良かったわねと心を見透かしたように綺麗に笑うロビンさんと乾杯をして、私は貰ったお酒をゆっくりと呷った。



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