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▼ W

W。
Dr.フェイカーに復讐するために使用していた所謂コードネームみたいなもんだ。
今日まで色んな奴から“W”と呼ばれてる所為で、逆に本名に違和感を覚えちまう。

だが名前っつーもんは生まれて一番初めに親から貰うプレゼントだ。
嬉しいか嬉しくないかは別として。
世間は意外にも狭えから同じ名前なんて世界中探せばごまんと出てくるだろうが、とある一組の男女から産み落とされた命に名付けられたそれは唯一無二の存在だろう。

それぐらい名前ってのは思ってる以上に大事なもんで。
かくいう俺も女々しいと思われちまうかもしれねえが、結構気にはしている。

「あー、美味えなこれ!やっぱ此処の店の“マドルチェ・スペシャルパフェ”は最高!」
「…そーかよ」

目の前の席に座り、顔が隠れるぐらいのどでかい入れ物に入った甘ったるいパフェに舌鼓を打つ男。
一見華奢だが、胃袋はブラックホール級だと豪語していた。
普段は少食のくせに変なところで意地を張るからな…。
俺はそっと溜息をつく。

「なんだよW、溜息ついたら幸せ逃げるぞ?」
「誰の所為だよ、誰の」

時々、本当に俺より年上かと思うときがある。
少なくとも精神年齢は俺の方が上だろう。
…否、こんな奴に惚れた俺は同じくらいかそれ以下か?
それだけは勘弁してくれ。
考えるだけで頭が痛え。

「つーかそれ俺の奢りってこと、忘れてねえだろうな」
「ゴチになりまーす!」

立場上名前とは彼氏彼女の関係で、勿論名前が彼女枠。
紳士は女性に優しくが基本だからな。
女じゃないとかそんなくだらねえツッコミはタブーだ。

「ったく、そんなもんで幸せとか本当めでてえな、名前は」
「五月蠅え!俺は庶民派なのー」
「…そのパフェ、1500円するんだが?」

皮肉を込めて値段を言ってやれば見事に口を噤んだ。
悔しいでしょうねえ。

「そーいうWは何か幸せな時とかねえの?」

生クリームとアイスをソーダスプーンでつつきながら名前が尋ねてくる。
俺は一瞬目を丸くし、ふん、と鼻で嗤った。

「なんで嗤うんだよ」
「ただ愚問だと思っただけだ。幸せな時?んなもんお前と一緒にいるときに決まってんだろ」

そう言ってやれば名前は顔をかああと赤くして視線を逸らす。
こういうところが可愛いんだよな、こいつは。

「くっそ、これだから極東エリアチャンピオンサマは…!」
「ふはは、なんとでも言え」

この俺に口で勝とうなんて100年早えんだよ。
殆ど冷めきってしまった珈琲で満たされているカップに手を伸ばし、口に含んだ。
香ばしい苦味が消化器官を刺激する。

「…トーマス」
「っ!?」

いきなり本名で呼ばれたことに驚き、珈琲が逆流して気管に入り込んだ所為でげほげほと思いっきり咽る。
なんとか落ち着いたときには名前がドヤ顔をかましていた。

「俺知ってんだからな、お前が本名で呼ぶと喜ぶことを!」
「…は?」

びし、とチョコレートソースだらけのスプーンを突き付けられる。
ちょっと待て、誰だそんなこと言いふらした奴は。

「別に喜んじゃいねえよ」
「え?…なんだよXの奴!言ってること違うじゃんか!」

Xの所為か…帰ったらぜってえシメる…!
あんの野郎、名前に変な入れ知恵しやがって。

「まあ…“W”で定着してたからな、今更本名で呼ばれると…何かくすぐってえんだよ」
「…ぷ、くく」

意を決して話したつもりが、あろうことか名前は笑い始めやがった。
ぶん殴ってやりてえ…。

「名前、てめえ…」
「ごめんごめん、いやー、Wも可愛いとこあるなーって」

へらへら笑いながら再びグラスにスプーンを突っ込む名前。
気付けば山もりだったパフェは5分の1くらいに減っていた。

「でも、名前で呼ばれんの、嫌じゃねえだろ?」

口を大きく開けてぱくりと頬張りながら名前が言う。
…確かに嫌じゃねえ。
しかも好きな奴に呼ばれると尚更、なんて声に出しては言わねえけどそういう意味を込めて小さく頷く。
何故か満足したと言わんばかりの顔をした名前はラストスパートをかけ始め、まるで丼をかきこむかのように糖分を胃に流し込んであっという間に食べ終えた。
マジで完食しやがったぞ…。

「ご馳走様、トーマス」
「…ああ」

改めて言われると何だか照れくさくて、店を出るまでまともに名前の顔が見れなかった。




***

無駄に長くなりましたが、折角本名があるのだから名前で呼ばせたいなと思っただけ。
名前で呼んでほしいと思うW…いいですよね?

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