あれは六月の中程でしょうか。すいません、正確な日時は記憶に無いのですよ‥しかし初夏、ええ確かに梅雨の季節でした。
私は雨上がりの空を見上げ、大きな感銘を受けました。雲間から射す光の美しさといったら‥!ああ、何と申しましょうか‥私は己のボキャブラリーの貧困さが悔しくて堪りません。そう‥まるで‥ジョン・キーツの詩を彷彿とさせるような‥センス・オブ・ワンダー概念が、私の身体を貫いたのです!
「ジョ‥ジョン‥オブザイヤー?何?」
「ギャハハ!何年ッスか?2010?ジョンオブザイヤー2010?」
丸井君。切原君。
‥ゴホン。続けます。
光彩は絶え間無く降り注ぎ、青々しく茂る草花は水滴を落とします。それはそれは耽美な世界‥とても毎日の通学路とは思えぬ光景に、私は息を飲み、蒸し暑さも忘れ‥ただぼうっと見惚れていました。
その時です!!!!!!
「(ビクッ)」
「(ビクッ)」
純白の翼を羽ばたかせ、ひとりのアンゲロスが私の目前に降り立ったのです!
まばゆい金色の髪、穏やかな海のような碧眼‥驚いた私は数歩後退り、地面にへたり込んでしまいました。けれどアンゲロスは微笑みを絶やさず‥‥ビロードの服から白く細い腕をのばし、そっと私の頬に触れました。
私は碧い瞳を見詰めたまま、動きませんでした。正確には、動くことが出来なかったのです。芸術的かつ暖かなその掌に、いつまでも包み込まれていたい‥そんな人間の幸福主義に本能で浸り、随分長い間そうしていたような気がします。
そしてとうとうアンゲロスは口を開き、私の耳元でこう囁いたのです!
『「何か甘いモン食いてーなぁ」』
‥‥丸井君‥‥
今のは狙いましたね?狙って被せてきましたね、と聞いているのです。
切原君、バカ笑いしてないで着席して下さい。まさに今がクライマックスだというのに‥私の秘密が知りたいと言ったのは貴方達でしょう?まったく‥
丸井君それは私の鞄です。お菓子は入っていません。え?知ってる?じゃあ何故このタイミングで漁るのですか‥!返しなさい!
‥‥宜しいですか?改めて続けますよ。
アンゲロスは、私の耳元で、こう囁いたのです!
『貴方の瞳は美しい‥眼鏡を曇らせてあげましょう』
‥切原君。着席し‥もういいです。一生そこで腹を抱えていなさい。
その瞬間から私の眼鏡は曇り、表情を読み取られにくくなり、成績も上がり、背も伸び、肌荒れが治まり、ある国では内戦が止み‥
私自身アンゲロスに眼鏡を曇らせて頂いてからというもの、とても気持ちが晴れ晴れとしています。善行を日課としていた私を、神は見ていて下さったのでしょう‥いえ、失礼。これは酷く傲慢というものです。すいませんでした。あの日を思い返すと、やけに気分が高揚してしまいます。
とにかく、お二人共。私の眼鏡が曇っている理由はお分かり頂けましたか?‥おや、もうこんな時間ですか。そろそろ募金の時間なので、これで失礼します。
アデュー。
「赤也生きてる?」
「‥‥」
「あいつギャグセン高ぇな」
「‥もう‥意味わかんねーよ‥」