(どうか の続き。キョン消失ネタ) 誰かと二人電車に揺られる夢を見た。以前にも見たことがある夢だ。 夢の中でその誰かがお願いがあるんだ、と僕の名前を何度も呼んでいて、それに返事をしている内に涼宮さんに起こされた。 怖い夢を見たの、と泣きじゃくる涼宮さんを抱き締めて、何故だか既視感を覚えた。 彼女と夜を過ごすのはこれが初めてじゃないけれど、こうやって悪夢に魘されて僕を起こすのは初めてだ。 なのに何故だか以前にも誰か、覚えのない誰かを、静まり返った真夜中に抱き締めていた気がする。 「わたしを捨てないで……っ」 (おれを捨てるなよぉ……っ) 彼女の台詞に誰かの言葉が被る。 誰だろう。 誰よりも愛した人だった気がするのに。 どうしてだか思い出せない。 「……大丈夫ですよ、僕はずっとここにいますから」 そういって涼宮さんの手を握って、これもまた、覚えがあることに気付く。 こうして何度も手を握り締めて、膝の上に抱いて頭を撫でた。 何度も?どういうことだろう。 僕にとっては涼宮さんが初めての恋人の筈で、今まで友人らしい友人もいなかったから、誰かを慰めた記憶なんてあるはずもないのに。 「ごめんね古泉君……」 ごめんなさい、と苦しそうに悲しそうに泣く涼宮さんにキスをして良いんですよ、と答えるとそうじゃないの、と彼女の顔が更に歪む。ぐしゃぐしゃの顔でそうじゃないの、と繰り返す涼宮さんに、どういうことか問い質しても答えはない。 「そうじゃないの、ごめんなさい古泉君ごめんなさいっ」 「涼宮さん?」 「羨ましかったの、好きだったの、どうしても欲しかったの、何が何でも手に入れたくてだから私っ」 そうやって言葉を重ねる彼女の顔は僕の知っている涼宮さんとは何処か違う。 何が違うのか分からないけれど、決定的な何かが違う気がして、けれど何故だかそれ以上に懐かしさと怒りがこみ上げてくる。 「だから僕から彼を奪ったんですか」 咄嗟に口をついて出た言葉に彼女は弾かれたように顔を上げて、もう一度違うの、と繰り返した。 彼って誰だろう、何故僕はこんなことを云ってしまったんだ。 頭ではそんなことを考えていても口はとまらない。 「返してください、涼宮さん。もう恋人ごっこは十分でしょう」 「っ、」 まるで僕を恐ろしいものでも見るような顔で見上げて、彼女はまたごめんなさいと謝罪する。 涼宮さんが泣きじゃくりながら謝るその姿がまた誰かに重なって、けれどその誰かが思い出せそうで思い出せない。 頭がガンガンする。誰だ、僕が涼宮さんに奪われた彼というのは。 (幸せに、なってくれよ。ハルヒと) ああごめんなさい僕はどうやら涼宮さんとは幸せになれなかった。破綻してしまった。 確かについさっきまで彼女を愛していたのに、今はもう憎しみしかない。 「僕はあなたが憎いけれど彼は最後まで僕とあなたの幸せを願っていました」 「……わたし、」 「返してください、涼宮さん」 涼宮さんはもう何も云わない。ただ黙って声を殺して泣いている。 それを見下ろしながら、そういえば前にもこんなことがあった、と思う。 以前にも僕はこうして彼女に詰め寄った事がある。彼をどこにやったんですか返してくださいと。 あれは、もしかしたら彼女と付き合い始める少し前だったかもしれない。どうして忘れていたんだろう。 どうして?彼女が僕の記憶を操作したからに決まっている。 彼女は神なのだから。 思い出した、そうだ。 「……前にもこんなことがありましたね。また僕の記憶を操作するんですか」 「……ふふ、そうね、また記憶を操作すればいいのね。そうよね、そうだわ。私そういえばずっとそうやってきたもの。もう何回も」 「何回も?」 「覚えてないの?覚えてないわよね。当然よ、でもおかしいわね。何度繰り返しても駄目なの。ここでいつもこうなるの。どうしてかしら」 不思議だわ、と笑う彼女に恐怖を抱く。 まるで得体の知れない何かと対峙している気分だ。 気持ちが悪い。 「キョン君を返してください、涼宮さん」 咄嗟に出てきた名前に、涼宮さんは目を見開いた。 「そう、全部思いだしちゃったの」 今まではどうしても思い出せないって苦しんでたのに、と呟いて彼女は黙り込む。 黙り込んだ彼女にもう一度彼を返してください、と云い募ると悔しそうに唇を噛み締めて。 「どうして私じゃ駄目なのかしら、私ずっと好きだったのよ、キョンのこと。なのに貴方たち二人は幸せそうで」 「……僕も彼もあなたのことは特別だと思っていましたよ、それはあなたの力など関係なく、純粋にSOS団という場所を愛していたからです」 でもそれじゃあ駄目なの!と叫ぶ彼女が何だか哀れだ。 「ならどうして僕を消さなかったんですか。僕を消して、彼の恋人になればよかったのに」 「できる訳ないじゃない、キョンが本気で愛してる人を消すなんて私にはできなかった。それが悔しくて、」 でもキョンを消したかった訳じゃないの、とまた泣き出した彼女は今は恐怖の対象ではない。 ただのかわいそうな女の子だ。 抱き締めると震えて、またごめんなさいと繰り返した。 彼女の感情の爆発が、彼女の力を暴走させたのだろう。好きでこんなことをするような人ではない。 「僕は戻りたい、彼のいた温かな場所に。涼宮さんもそうでしょう?」 「……私も、戻りたい」 キョンがいる世界に、と呟いた瞬間に、収まったと思った頭痛がまるで波のように押し寄せて徐々にひどくなる。 余りの痛さに意識が遠のいてゆく。ただ遠くで涼宮さんが僕を呼ぶ声がした。 いつも通りに朝目が覚めて、寝過ぎた訳でもないのに痛む頭を抱えたまま洗面所で顔を洗う。 今日はいつもより寝癖が酷いな、と鏡を見つめて溜息を吐く。濡らしても直らなかったらどうしようか。 寝癖直しは切れている。 霧吹きに水を入れて後ろから馬鹿みたいに水をかけて、入念に櫛で梳かしドライヤーで乾かしていると不意に頭を撫でられた。 「うしろハネたままだぞ」 「ほんとですか、自分じゃ見えなくて」 「しょうがねえな。貸せ、俺がやってやる」 彼にドライヤーと櫛を渡すと座れ、と云われて大人しく狭苦しい洗面所に座る。 彼が膝立ちで後ろから丁寧に髪を梳かし乾かしてくれて、このまま眠れそうだ。 けれどうとうとしていると思い切り頭をはたかれてしまった。 「寝るなバカ。ほら昼飯食うぞ」 「はい、すいません」 呆れたような顔で僕を見下ろすとさっさとダイニングにいってしまった彼を追い掛けるとテーブルの上には既に朝食が配膳されていた。オムライスとサラダと彼が好きな乾燥スープ。今日はどうやらきのこのスープのようだ。 彼と食べるブランチは本当に幸せで、毎週のことなのに毎週こんなに幸せでいいのだろうかと思ってしまう。 そう云うと彼はばーか、と笑うのだけれど、それもまた幸せで、彼がいるだけで世界は輝いているような気さえしてくる。 ご飯を食べ終わって皿洗いは僕がして、そういうもう当たり前になった細かな分担もまた同棲している気分で幸せだ。 着替えて二人で一緒に家を出るのもお決まりだ。前はわざと時間をずらしていたのだけれど、涼宮さんがそんな誤魔化しきかないわよ、と呆れ顔だったので今は堂々としている。それはそれで涼宮さんにバカップル、と云われてしまうのだけれど。 集合場所につくとまだ誰もいなかった。 「珍しいな」 「……ですね」 最後についた人間が奢り、というルールがあるから女性陣より早く着くことなどないようにしていたのに、何故だろう。 彼と二人待っていると集合時間より少し遅れて涼宮さんがやってきた。 小走りでこちらへやって来て、軽く息を切らしながら電車が送れちゃって、と線路の方を指差す。 「災難でしたね」 「全くよ。ところでみくるちゃんと有希は」 「まだ来てねーな」 「そう」 気まずい沈黙が流れる。 何故だろう、三人での沈黙は珍しいことではなかったし、それは至って心地のよい安心できる空気であったはずなのに。 今日はピリピリしている。 駅から出てくる人ごみを眺めていると涼宮さんが唐突にごめんなさい、と呟いた。 「ごめんなさい、古泉君。キョンも」 「……あぁ、もういい」 彼が優しく赦す。けれど、僕には一体なんの話だか皆目検討もつかない。 「古泉君、やっと返せるわあなたに」 「え、」 「奪ってしまってごめんなさい。戻れたのはあなたのお陰ね」 途端にフラッシュバックする、いつかの深夜の記憶。 僕と涼宮さんの、思い。 「あぁ……、戻って、これたんですね、僕たち」 「ええ、戻ってこれたの、私たち」 だからあなたに返すわ、と涼宮さんは僕を真っ直ぐ見つめる。 「ありがとうございます」 「こちらこそ。ごめんなさい古泉君」 もう良いんですよ、と答えると彼女は安心したように微笑んだ。 |