『貴方となら私、死んでも構わないわ』 テレビからそんな台詞が聞こえて、配膳をしていた古泉が顔を上げた。 へにゃり、と情けない笑顔でこっちを向くと片手に二人分の箸を握ったままに、向かいで鍋の準備をしている俺にキスをする。 「こーら、危ないだろ」 「すいません」 コンロをセットして火をつけるとすぐにぐつぐつ云い出す。 まだ、火はいらないな。少し野菜を食べてからにしよう。そんなことを考えながら古泉から箸を受け取り席に着く。 「僕も貴方となら死んでも構わないと思ってたんです」 唐突な台詞に一瞬何云ってんだコイツ、と思ったが直ぐにテレビのあの台詞をさしてるんだと気付いて取り敢えず頷く。 「でも、今は、そんなこと欠片も思いません」 「そりゃ何よりだ、俺はまだ死ぬ気はないからな」 「はい」 古泉の皿に白菜とニラともやしとほんの少しの鶏肉を取り分けてやるとまたへにゃりと笑う。 ラー油を馬鹿みたいにかけているのには見ない振りをして、自分の分も取り分ける。 「いただきます」 「おう、いただきます」 冬は鍋が一番だ。適当に安い野菜をぶっこんで適当に味をつければそれっぽくなる。 俺の作る鍋が塩味なのはそっちの方が楽だからだ。 それでも古泉は満足気だし野菜もしっかり食うのだからまあいいかなと思う。 「僕、夢があるんです」 「どんな夢だ」 あちっ、と聞こえて顔を上げるともやしをテーブルに落として慌てて拾っている古泉と眼が合う。 猫舌なんだからゆっくり食えとどれだけいってもコイツはかき込む。多分馬鹿なんだろう。 「キョン君の実家の近くに二人で住むことです」 「ほう?」 「たまにキョン君のお母様の作ったご飯食べて、妹さんとお出かけして、そういう家族っぽいこと、したいなあって」 「じゃあこの辺で就職しないとな」 どんな仕事がいいですかねえ、と笑う古泉の皿に鶏肉を幾つか投げ入れる。 火をつけて自分の分の豚肉を沈めると古泉は今更豚肉の存在に気付いたらしく目をまん丸にした。 「今日は豪華ですね」 「たまにはな」 わざわざここで煮るなら先に入れとけって話なんだが古泉はしゃぶしゃぶのように食べるのが好きらしいので何となく毎回一人分ずつに分けてこうして食べながら鍋に入れている。 まあ、古泉がたくさん食ってくれるのなら俺としては何だっていいんだ。放っておくと食事に頓着しないヤツだからコンビニのおにぎりや菓子パンだけとかいう馬鹿みたいな食事しかとらないからな。 「あ、でも」 古泉がまた唐突に口を開いた。口の中に物が入ったまま喋るなと何度云っても本当に理解しないな、コイツは。将来子供が産まれたりすると教育に悪いからマイナスだぞ。まあ結婚とかできないし子供も産めないからどうでもいいが。 「でも?」 「死ぬときは一緒がいいです」 へらっと笑う古泉に呆れてしまう。 でもってのはどこから来たのかと思えば、まだテレビの台詞を引き摺ってたのか。 「俺は一緒はご免だね」 「え、」 「お前が先に死んだの確認しないで死ねるか」 一人で遺しちゃおけないからな。 そういいながら缶ジュースを開けて、しゅわしゅわと気泡の弾ける液体を流し込む。 うまい。そういえば炭酸ジュースってのは食事時に飲むと食欲増進になるんだとか、前にテレビでやっていた。俺はこれだけで満腹になるが。 「ふふふ」 古泉が気味の悪い笑いで俺を見る。 目が合うとまたへらっと嬉しそうな顔をして、にゅふにゅふと笑った。 まあご機嫌なのはいいことだ。 「いいから食え、馬鹿」 「はい」 ふふふふ、と笑ったまま皿に野菜を取り分けて、ふふふふ、と笑ったまま食事を再開した古泉は、ちらちらと俺を見てはまたふふふふ、と笑う。気色悪いったらないな。 何で俺はこんなのと付き合ってるんだっけ。あ、好きだからか。告白するの早まったんじゃねえかな。 まあでも。 「ふっ」 「思い出し笑いは変態ですよ」 「お前が云うな」 高校生男子二人が向き合ってぐふぐふ笑いながら食事してる光景ってのは相当異様だろう。 俺ならそんなものを目撃した日には恐怖で夜も寝れないね。 「何で笑ったんですか」 「お前のこと好きになって良かったなって思ったんだよ」 「ふふふ、奇遇ですね。僕もそう思います」 んふふふふ、とやっぱり気持ちの悪い笑いを溢しながら、古泉がまたラー油を馬鹿みたいにどばどばと垂らす。 俺もラー油をぼたぼた垂らす。これくらいなら多分ラー油の香りが食欲を増進させるだろう。これくらいなら。 そういえば水菜をまだ入れてなかったな。 流しの横に置きっぱなしだったそれを古泉に渡すと嬉しそうに全部ぶっ込んだ。 「馬鹿、毎回半分ずつにしろって云ってんだろーが」 一気に鍋の温度が下がってしまった。仕方なく強火にして煮えるのを待つ。 「すいません」 「本当に俺の云ったこと覚えねーな」 「すいません」 へらっと笑う古泉の頭を菜箸で叩く。あいた、と気の抜けた声にこっちまで力が抜けた。 こいつはわざと俺を怒らせてる節があるな。 「お前はそんなに俺に怒られるのが好きか」 「はい」 うふふ、と笑いながら頷く古泉の皿に、古泉の嫌いなえのきを大量に突っ込む。 「あぁっ!」 「食えよ」 一気にテンションが下がり、うぅ、と唸りながら俺を恨みがましく見つめてくる。 その口にえのきを運んでやると一瞬嬉しそうな顔になったが食べた瞬間にまた落ち込んでしまう。 「しょーがねーな。俺が皿のえのき全部食わせてやろう」 「ホントですか!」 じゃあ頑張って食べます、とまたテンションを上げてぐふぐふと笑い出す古泉の口にえのきを何回も運ぶ。 咀嚼している最中の此の世の終わりみたいな顔が面白くて、途中わざと少しずつにした。 かわいい。 何となく雛に餌やってる気分だ。ひな鳥よりこいつの方が遥かに手がかかる問題児だがな。 「良く食べました」 そう云って頭を撫でてやるとまたへらっと笑う。 「キョン君が食べさせてくれたので頑張りました」 「えらいえらい」 にゅふふ、と笑いながら古泉が水菜を一つ残らず自分の皿に乗せる。 俺はそこで豚肉の存在を思い出し鍋から救出した。 ちょっと煮えすぎたが、まあいいか。 『君には僕なんかより相応しい男がいる筈だよ』 そんな台詞に視線をテレビに向ける。 さっきのドラマ、まだ続いてたのか。 「お前には俺より相応しい人間なんていねえよなー」 自意識過剰もいいところだが、割と本気でそう思う。 こいつみたいなでっかい子供を根気強く躾けられるのは俺くらいなもんだろ。 「はい!あ、でもキョン君には僕より相応しい人がいそうですね……」 嬉しそうにへにょっと笑った後、急にしゅんとした古泉の頭を撫でる。 「じゃー俺に相応しい人間になれ、古泉よ」 「頑張ります!」 箸を持ったままガッツポーズをして、必ず幸せにしてみせます!と決意表明をする古泉に期待してるぞーと返事をすると、また嬉しそうにへにょっと笑う。 こいつはいつもへらへらによによと力の抜けたアホっぽい笑いを浮かべていて、どうにもつられそうだ。 古泉は俺を見て幸せそうにぽやぽやと笑いながら、コップに注がれた麦茶を一口飲んだ。 |