ハル古(ハル) 無自覚な古泉君。 暇ねぇ、と呟いたきり黙りこんでしまった彼女はパソコンの画面をぼんやりと眺めながら頬杖をついている。 かわいいな、なんて思って、そんなことを考えてしまった自分が腹立たしくなる。 幾ら外見が良くても中身がダメなんだ、彼女は。僕の好みじゃない。そんなことも考えて、神様相手になんて烏滸がましいんだとまた腹立たしい。 そもそも彼女の視界に僕が入ることなんてありえない。いつだって彼女が見つめてるのは彼なんだから。 彼のほうは本当に彼女への興味がないみたいだけど。 朝比奈さんも長門さんも彼もいない部室は本当に空虚でつまらない。 そもそも僕と涼宮さんを繋いでいるものなんてないんだし、共通点や話題だって何一つ見出せない。 帰りたいなぁ、と思った時彼女がぽかんと口をあけて僕を見た。 「帰りたいの?」 「え」 「今そう云ったじゃない」 少し呆れたような表情の彼女に教えられて、どうやら僕は思ったことが口に出ていたらしいと知る。 すいませんと謝ると彼女は笑った。 「これだけすることがなかったら仕方ないわ。そうね、帰りましょ」 彼女はパソコンをシャットダウンして、帰り支度が済むと僕を促して部室を出た。 「せっかくだから、2人でどこかで寄り道しない?」 例えば最近できたおいしいケーキ屋さんとか、と彼女が笑う。 ケーキなんて最近食べてない、そう思うとなんだか食べたくなってきたので、いいですねと返すと彼女は僕の腕に自分の腕を絡めるとじゃあ決まりねと速足で歩き出す。 「明日3人に自慢してやりましょ!」 「はい」 彼女に連れられてやってきたのは、壁がクリーム色の、とてもファンシーな外観の小さな建物だった。 駅から少し離れた場所にあって、一見普通のお宅にも見えるのだけれど、よく見ると玄関の近くに小さな看板が立っている。 中に入るとイートインのコーナーもあって、お客さんは女性ばかりだ。 僕は涼宮さんお勧めのコーヒーとチョコレートケーキのセットを、涼宮さんは紅茶とベリーソースのかかったチーズケーキを、それぞれに頼んで、2階の席でそれを頂くことにした。 「おいしそうですね」 「おいしいのよ!チーズケーキも一口あげるわ」 はい、と彼女はケーキの乗っかったフォークを僕に差し出す。 まるで彼氏彼女のように自然な動作であーんと口にケーキを突っ込まれて、なんというか驚いた。彼女はでもそんなことは一切気にしていないようで私も一口もらうわよ、と僕のケーキを美味しそうに食べている。 驚いた。 そもそもよく考えれば僕たち2人でケーキを食べに来るほど仲良かったっけ、という感じなのだけれど。 まぁでも彼女の機嫌は頗る良いし、ケーキも美味しい。だからいいか、と僕もケーキを食べる。 「おいしいです」 「でしょ?古泉君は意外と甘いものが好きみたいだから気に入ると思ったのよ」 にこにこ笑う彼女に驚いて、僕はぽかんと口をあけて間抜け面で彼女を見てしまった。 「なによ」 「いえ、僕が甘いもの好きだなんてよくご存じですね」 「当たり前じゃない、団長たるもの団員のことをよーっく見てるものなのよ!」 「感服いたしました」 彼女は笑うと、コーヒーも飲んでみなさいよと僕に勧める。 「そんなに苦くないから大丈夫よ。ミルクとガムシロ入れればいいじゃない」 すっごくおいしいのよ?と彼女は僕のコーヒーにミルクとガムシロを入れると僕の口元までカップを持ってきた。 僕がコーヒー苦手だということまでバレてるだなんて、驚きを隠しきれない。 大人しくカップを受け取って一口飲んでみると、確かに全く苦くなかった。美味しい。 「どう?」 「おいしいです」 「当然よ!」 彼女はまた笑って、自分の分のケーキも1/3程僕にくれた。 ありがたく頂戴すると、彼女は僕が食べるのを満足げに眺めていて、なんだか気恥ずかしい。 「ごちそうさまでした」 「ごちそうさま」 少し休んだら帰りますか、と尋ねると彼女は少し考えてから折角だからほかの場所にも行きましょ!と立ち上がった。 「古泉君ゲームセンターって行く?」 「いえ、一度も行ったことがないです」 じゃあ決まりね、とまた僕を引っ張って店を出た。 行先は駅の近くのゲームセンター。 僕たちと同じような学校帰りの中高生がいっぱいいる。 中に入ると彼女は、店の奥にあるプリクラコーナーへまっすぐと向かった。 「プリクラも撮ったことないんでしょ?」 「はい」 じゃあ決まり、と笑いながら近くの空いていた機に入る。 なるほどこうなってるのか、と感心している間に彼女はお金を入れて、操作してく。 「これがカメラ。ここを見るの」 「ここですか?」 「そ、ほら始まるわよ」 彼女に引っ張られて少しバランスを崩した時にパシャリと音がした。 彼女は笑いながら僕にポーズの指導をする。 云われるままにポーズを取ってどうにか撮影が終了すると、機械の指示に従って落書きコーナーに移動する。 古泉君は右の画面で落書きしなさい、と云われて云われるままに画面の前に立つ。 「僕初めてなんですけど……」 「適当にスタンプでも押しておけばいいわ。この機械は落書きの時間が他のより長いから大丈夫よ」 本当に大丈夫なのか非常に不安だけれど、落書きする画面は2つあるし、時間的にも1人では無理だろうし、僕は彼女に云われるままにスタンプばかりを乱用しながらどうにかこうにかこなしていく。枚数は全部で6枚、本来なら1人3枚ずつくらい担当するんだろうけど、結局は彼女が4枚、僕が2枚に落書きをした。 プリントアウトされるのを待つ間に彼女は自分のアドレスを入力していく。 「これは、」 「あとでプリクラ画像のURLが送られてくるの。一枚だけなら無料でダウンロードできるのよ」 確か会員だった気がするんだけど一応ね。 そう教えてもらって僕は感心するばかりだ。今は本当にすごいんだなぁ。個人情報のあれやこれやが心配だけど。 今は2人分割に指定すれば1人分ずつ出てくるのだと知って、驚愕した。 手元には人生初のプリクラ。自分が落書きしたものと涼宮さんの落書きしたものではやっぱり大分差があるけれど、でも感動だ。 「次はUFOキャッチャーでもやりましょ」 これなら簡単よ、といわれた台の前で彼女に簡単に取り方を教わる。 アームがどこに入るようにするとか、掴むんじゃなくて崩すんだとか、何ソレすごい。 僕はこういうところとは無縁な人生を送ってきたから、何もかもが初めてで驚きっぱなしだ。 でも彼女はそんな僕を見て嬉しそうに笑っているから、僕の人生案外間違いじゃなかったのかもしれない。 彼女に云われるままに操作すると、かわいらしいウサギのキャラクターの少し大きめのボールチェーンのキーホルダーが2つ取れた。 「取れました!」 「すごいじゃない!上手だわ古泉君。やっぱり器用なのね」 嬉しそうに笑う涼宮さんにどっちが欲しいですか、と聞くとくれるの?と聞かれた。 「勿論です。涼宮さんのお陰で取れたんですから。あ、でも僕とお揃いは嫌ですか?」 「嫌な訳ないでしょ。折角初めて取れたのに貰うのは悪い気がしたの」 こっち貰っていい?とピンクの方を指差した彼女にそれを渡す。僕の手元にはライトブルーのものが残った。 さっそく鞄につけると彼女も笑いながら自分の鞄につけて、お揃いですねとまた笑い合う。 「うれしいです」 「私も、古泉君に近づけてうれしいわ」 そろそろ帰りましょ、と彼女はまた僕の腕を掴んで引っ張る。 お店の外に出ると既に日は沈み、星が出ている。もう真っ暗だ。 「送らせてください」 「ええ、お願いね」 二人で笑いながら歩く帰り道はとても楽しかった。 |