夏休みというのは暇だ。
優等生古泉一樹たるもの宿題は配られる度に終わらせ夏休みが始まって3日も経つ頃には全て片付けている。
SOS団での集まりも毎日ある訳ではないしましてやお盆、涼宮さんは帰省しているし、ただただ時間を持て余している。
そんなときケータイから着信音が流れてきた。

「もしもし」
『おー、』

出るの早いな、と電話越しに彼が笑う声が伝わってくる。
暇なので、と答えると彼はまた楽しそうに笑った。

『今日が何の日か知ってるか』
「これはまた、唐突ですねぇ……。長崎に原子爆弾が投下された日、とか」
『あぁ、いや、それは歴史的事実なんだがそうじゃなくてだな、もっとこう、何かあるだろ』

鍼・灸・マッサージの日とか野球の日とか薬草の日とか、そういうヤツ。
そう言い募る彼の声は時折風の音にかき消されそうになる。
外を見ると腹立たしい程に晴れ渡った空と、風に靡く洗濯物。

「あなた今、何処に」

いるんですか、という言葉は最後まで云えなかった。
玄関からガチャリと鍵の開く音が聞こえたからだ。

「時間切れだな」
「……あなた」
「それで答えは分かったか古泉よ」

どっこらせ、と彼は手に持っていた大荷物を廊下に置くと台所に入り、冷蔵庫に何かを仕舞い始める。
アイス食うか?と渡されたのは半分に割るタイプのもの。
半分を彼に渡すと彼はそれを銜えたまま冷蔵庫の整理を続行する。
ピーピーと冷蔵庫が警告音を鳴らすと彼は汗塗れのペットボトルを2本手に持ってこちらにやってくる。

「今時ペットボトルでも売ってるのな、ラムネ」
「あ、へぇ。ほんとだ」

知りませんでした、というと俺もだ、と彼が笑う。
アイスを食べ終えると彼は棒を銜えたまま僕のほうを見て、で?と答えを促してくる。

「さっきの質問の答え、分かったか」
「いえ全く」
「ハグの日だ」

がばっと勢い良く抱き締められてバランスを崩し床に倒れこむ。
最も、彼は元々僕を押し倒してしまうつもりだったのか頭などを庇ってくれたのでどこもぶつけたりはしなかったが。
上から聞こえる楽しげな笑い声に顔を上げると満足気な表情の彼と目が合う。
やられっぱなしは何だか癪に障るので彼の腕を掴んで体勢を入れ替えた。

「暑苦しいぞ古泉」
「あなたが先にしてきたんでしょう」
「まあな」

背中に腕が回されたので少し体を密着させると、矢張り暑い。
外を歩いてきた彼の服は当然汗で濡れているし、本来なら不快極まりないのだけれど相手が彼なら全くそんなことはなかった。首筋に顔を埋めると軽く頭をはたかれる。
けれどその手はそのまま僕の髪を撫ぜ回すだけでどかそうとしたりはしない。
付き合い始めの頃は匂いを嗅ぐな変態、とか云ってそれはもう全力で抵抗されたりしたのだけれど。

「暑い」
「あとでシャワー浴びたらいいじゃないですか」
「背中が痛い」
「ベッド行きます?」
「その前にシャワーだろ」

そうは云っても一向に動こうとしない彼に甘えて僕も彼を抱き締めたままだ。

「でもどうして態々来て下さったんですか」
「暇だったからな。寧ろハグ云々の方が後付だよ」

コンビニで買い物してる最中に谷口からメールが来た、と彼が僕の耳元で楽しそうに笑うのでつられて僕も笑ってしまう。

「こうやってただ抱き締めあうっていうのも久々ですね」
「付き合い始めた頃のドキドキとかは一切なくなっちまったな」

懐かしそうな彼の声に僕も思わず付き合い始めを思い出す。
あの頃は手を握るのも精一杯だったなぁ、なんて呟くと彼は俺は目が合うだけで死にそうだったよと笑った。
付き合い始めた頃はお互い緊張してばかりでこうやってくっついて笑い合っている今の状況なんか全く想像できなかったのに、成長したんだなぁと思う。
緊張もドキドキもなくなったけれどあの頃以上に彼を愛おしいと思うし、彼がいなくちゃ何もできないのは変わっていない。

「……愛してます」
「何だよ急に」
「いえ、あなたとこうして過ごせる幸せを噛み締めていたら云いたくなったので」
「ふーん。まぁ俺も愛してるけどな」

さらっと流すように云うのは彼が照れている証拠だ。
何となく嬉しくなって彼を抱き締める腕に力を込めた。





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