可愛い女の子と付き合ってデートして手繋いでキスしてセックスして、そういうごく普通のことを俺もいつかするんだろう、したい、とそう思ってた。
あぁ、思ってたさ。
俺は可愛い女の子が好きなんだ。
それは今だって変わらない、と思うんだが。

「ねぇ、谷口」

ぱたん、と本を閉じる音が聞こえて顔を上げると国木田がベッドから上半身を乗り出して俺の顔を覗き込んできた。

「うお、」
「アホ面」

ちゅ、と軽いキスをされて思わずごしごしと口を拭うと怒ったようにもう、と抗議される。

「それはさすがに失礼じゃない?」
「おおおおお前が急にキスしてくるからだろ!」

俺以上に雰囲気を大切にしてムード作りとかしちゃったりするタイプじゃなかったのか!と反論してもどこ吹く風でしたくなったからしただけだよ、なんて流される。
成る程そうかなんて流せるほど慣れちゃいない俺はどれだけ笑われても挙動不審を直せない。
あぁ忌々しい、どこかで誰かが云ってたそんな台詞が思わず零れそうだ。

「そんなことよりこの雑誌、中々面白いけどちょっと展開に無理がありすぎじゃない?」
「え」

足元から拾って寄越したのはベッドの下に隠してたはずの秘蔵のエロマンガ。
こいつはまた勝手に俺の部屋を漁りやがって……。
もう溜息も出ない。
そもそもエロマンガの話題なんか恋人とは気まずくてできねーだろ、と思うのに、そう思ってるのはどうやら俺だけらしい。
国木田はいつもいつもこうやって勝手に俺の部屋からエロマンガを探し出してはいちゃもんをつけてくる。

「気まずいからヤメロ」
「相変わらず純粋だなぁ谷口は」

後ろから伸びてきた手が右耳を擽る。触り方がなんかエロいのは、多分わざとだ。
くすぐったさに身を捩ると耳元でくすりと笑う声が聞こえた。
相変わらず物音を立てずに距離をつめるのが上手い。

「こういう女の子とこういうセックスがしたかったの?」
「うるせえな!わりいかよ!」
「別に。夢が叶わないなんて可哀想だなぁって」

さもおかしそうに笑いながら俺に覆い被さるようにしてローテーブルの上の、すっかり氷が溶けて温くなったお茶に手を伸ばす。
嚥下する音が聞こえてどきりとした。

「夢が叶わないとかまだ決まってねえだろ」
「……ふぅん?」

がくんと俺の周りだけ気温が下がった、気がする。
空になったコップをローテーブルに戻して、その手はベッドに戻らず俺の腕を掴んだ。
痛みに思わず振り返ると能面のような表情の国木田と目が合う。

「谷口は僕と別れて可愛い女の子と付き合うつもりなんだ?」
「……そ、れは」
「そっか、そうだよね。元々女の子大好きだもんね。ごめんね、気付かなくて」

別れようか、と微笑まれて目の前が真っ白になる。
厭だ、とか冗談だろ、とかさっきのは言葉のあやだ、とか。普段なら色々と云い募る場面なのに言葉が出てこないのはたぶん、妙に軽くて明るい口調の所為だ。重々しい空気のときよりもずっとリアリティがある。
そういえば俺からはまだ一度も好きだとか云ったことねえな、と我ながらずいぶん唐突に思い出した。

「……はぁ」
「……くに、きだ」

呆れた、とでも云いたげな溜息で我に返ると国木田が怒ったような照れたような顔をしていた。

「嘘だよ」

ちゅ、とまた軽く触れるだけのキス。
今度は照れるというよりは呆気にとられた。脈絡がなさすぎる。

「嘘、って」
「別れようなんて嘘だよ。やっと手に入れたんだから、手放す気なんかないって」

両手で顔を挟まれて、ぞくりとする。

「一生、逃がしてなんてあげないよ」



可愛い女の子と付き合ってデートして手繋いでキスしてセックスして、そういうごく普通のことを俺もいつかするんだろう、

したい、とそう思ってた。
あぁ、思ってたさ。
俺は可愛い女の子が好きなんだ。
それは今だって変わらない、と思うんだが。
だけどどうも、国木田にだけは勝てそうにない。





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