離婚したキョンとキョンに片思いする古泉




彼が小さく自嘲気味にわらった。

「笑えるよな」
「……あの、」
「浮気されてるなんて全然気付かなかったよ」

ごめんな、とこちらを見ずに謝る彼に何と云うのが正解だったのだろう。
わからない。



ずっと好きだった彼が離婚した。
原因は彼の奥さんの浮気。
相手は複数人で出会い系サイトで知り合って肉体関係を持ち、最長で3年、最短で半年、継続的な関係にあった。らしい。
彼の奥さんには僕も何度か会ったことがある。
第一印象は小柄で笑顔の可愛らしいハキハキとした人、だった。
しかし残念ながら僕も数度、彼女から告白をされている。

『あの人はいつも仕事仕事で、寂しいの……』

そんなものが愛する人を裏切ってもいい理由になり得る筈がない、と説得したけれど。
高校時代から好きだった彼の選んだ人を、憎んだり悪く思ったりなどしたくはなかったけれど。
それでも、彼女は、人として最低の行為をした、最低な人間だと、思う。
正直なところ、彼女が憎い。彼女は、彼と性別が違うだけで僕なんかより遥かに人間性の劣る人なのに、性別が同じというだけで許されない恋になってしまう僕と違って恋愛対象として見てもらえる。ずるいじゃないか。

「なぁ、古泉。お前もあいつに誘われたんだろ?」
「え……」
「アイツが云ってたよ。ほんとにごめんな」
「……いえ、僕のほうこそすいません」

きっかけは僕だった、と涼宮さんから聞いた。いや、聞き出した。
非常に云い難そうに、そして哀れむように、「どうせなら古泉君みたいな何でもソツなくこなすイケメンと結婚すればよかった、って云ってたみたいよ」と教えてくれた。

「夫婦喧嘩をしてな、切欠は多分、俺が仕事ばかりだとかそんな話だ。んで、そん時にアイツ云ってたんだよ。「私レベルなら古泉君でも掴まえられるのよ。貴方と結婚しているからって振られたけど」とか何とか。それで、お前アイツに告白なんかしたのかって聞いたら、逆切れされて」
「あの……」
「まぁ聞いてくれよ。それでな、アイツ、何て云ったと思う?」

全く想像がつかない。正直にそう云うと彼は寂しそうに笑って、それが普通だよな、と呟いた。

「それが何よ、だってさ」

もう声も出ない。
小柄で笑顔の可愛らしいハキハキした女性、という第一印象はあの告白で裏切られていたが、ここまで身勝手な人だったとは思ってもいなかったし思いたくもなかった。
しかし彼が愛して結婚までした、その女性は、蓋を開ければとんでもないビッチだった訳だ。

「それでも、仕事ばっかで構えなかった俺が悪かったんだなって、寂しくてつらいときに古泉レベルのイケメンが目の前に現れたら、そりゃ揺らいだりもするよなとか、思って」

やり直そう、と考えたのだそうだ。
けれど向こうはバレてしまった(というより自らバラしたのだけれど、)以上はもう誤魔化す気もやり直す気もなかったらしい。
そうだ、とからしい、ばかりだけれど、いずれも伝聞なのだからしょうがない。

「随分冷たくなったよ。それで、まぁ離婚したいってのは分かったし、でも慰謝料だけは取られたくなかったから取り敢えずコツコツとあいつ有責の証拠を集めてな」
「……、それは、その」

辛かったでしょう、なんて当たり前のことは云えなかった。

「そしたら出てくるわ出てくるわ、あいつほんと俺のことなんて好きでも何でもなかったみてえ。挙句俺の出張中にオトコ連れ込んでさ。近所の女子高生が教えてくれた。おじちゃんとこの奥さん、おじちゃんがいない間に若いお兄さん連れ込んでたよ。恋人みたいにベタベタしてたよって、ついでに写真もくれた」

なんと云うのが正解なのだろう。
ただ、黙って話を聞くしかできない自分が恨めしい。

「金が欲しかった訳じゃないんだよ、俺はさ。でも、よくわかんねえな。本当は欲しかったのかな、結構分捕ったもんな、あいつからもあいつの浮気相手からも」
「……貴方が、お金が欲しかった訳じゃないことくらいわかってます」
「……そっか」
「こんな形でしか報いることができないなんて、」

何て理不尽なんだろう。
彼が受けた精神的ダメージを、彼女たちにも味わってほしい。けれどこちらから手を出せばやっぱり犯罪か或いはスレスレになるんだろう。仮に合法でもこちらがクズの烙印を押されてしまう。
納得がいかないけれどそういう世の中なのだ。

「お前が理解してくれるなら、いいや」

不意に彼が、満足そうに笑った。

「キョン君」
「お前が俺の事分かってくれるなら、それでいいよ。ありがとな」
「いえ、僕は何も……」

目の前に広がる空き缶の山を片付けながら、彼はもう一度ありがとう、と繰り返す。
僕は上手く答えられなくて、ただいいえ、と首を振るしかできない。

「僕は、あなたが好きなのに何もできませんでした」
「俺は、お前の好意を知っててお前に頼ったよ」

だからいいんだ、と彼が笑う。
僕はやっぱり何もできなくて、だから彼を抱き締めて泣いた。





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