誕生日、というイベントに特別性を感じられなくなってどれくらいが経ったろうか。 ゴールデンウィークど真ん中、みどりの日。 連休明けに提出しなければならないレポートに追われているごく一般的な大学生としての日常。 前期だけでも4回もレポート提出があって、更にプラスしてテストまでやるという馬鹿みたいな講義。将来のためだと思いつつ面倒くささに怠けそうになってしまうのはきっと僕だけじゃないはずだ。 遅めの昼食にカップラーメンを啜りながらテレビを眺める。 高速道路の渋滞情報や観光地のレポ、飛行機や新幹線の予約率、そういった長期休暇ならではのニュースを昔は羨ましく思いながら見ていたけれど、今ではあの殺人的な混雑に身を投げようとは思えない。 小さな頃は学校に行けば友人やクラスメイトがどこそこへ行ってきたのだと土産とともに自慢をしてきたものだが、この歳にもなればもう誰かに連れて行ってもらわなければならない年齢ではないのだから別段羨ましさもない。 冷蔵庫が空っぽだけど買い物に行くのは面倒くさいなぁと思いながらカップラーメンのごみをゴミ箱に捨てたとき、玄関の鍵が開く音がした。 僕以外にこの部屋の鍵を持っているのは彼一人だ。 「よう、」 「おはようございます」 「おはよ」 朝も昼も夜も挨拶がおはようなのはお互いサークルやバイト先の影響だろう。 「すごい荷物ですね」 「あぁ、そろそろ冷蔵庫が空っぽだろうと思ってな」 すっからかんだった冷蔵庫に肉や魚や野菜やヨーグルトや、そういったものがどんどん詰め込まれていく。 レンジで温めるだけで食べられる冷凍のパスタやラーメンは自炊を余りしない僕がそれでも3食のうちのどこかを抜いたりしないようにという彼なりの優しさだ。 「今日の晩飯はレストラン行こうぜ」 「ファミレスですか?」 「もうちょっとちゃんとしてるとこ」 ドレスコードとかはねえけどな、と彼がいたずらっぽく笑う。 大学の友人がおすすめしていた、というそのレストランはこじんまりしていてお客さんは余り多くなかったものの、落ち着いた雰囲気で料理も美味しく、また値段も高すぎずちょっとした贅沢という感じで非常に満足できるところだった。 美味しかった、と一服しているとウェイトレスが小さめのケーキをホールで持ってきた。 乗っているチョコレートのプレートにはhappy birthdayの文字。 「これ……」 「あぁ、前もってお願いしておいたんだ」 驚いている僕をけらけらと笑いながら彼はウェイトレスにお願いしてケーキを取り分けてもらう。 お互いの前にケーキが並ぶと、残りは持ち帰れるようにしますね、というウェイトレスの言葉に甘えて箱に入れてもらった。 「改めて、誕生日おめでとう」 「ありがとうございます」 甘さ控えめのショートケーキには桃やみかん、苺など様々な果物が挟まっている。スポンジや生クリームの甘さと果物の酸味が程よく、そこらで全国展開しているケーキ屋よりも遥かに美味しい。 彼も同感だったようで、目を丸くして美味いな、と漏らした。 「本当に、おいしいです」 「俺の誕生日も此処にしようぜ」 「あぁ、いいですね」 ケーキを食べてワインを飲んで、すっかりいい気分になった僕たちが帰路に着いたのは22時を回った頃だった。 店に入ったのが19時だったから3時間以上も居座っていた事になる。 お店の人からしてみればさぞや迷惑だったろうと思ったのだが会計時にはとてもよくしていただいて、小さな花束まで戴いてしまった。 「きれいだな、それ」 「えぇ、本当に」 鈴蘭とオジギソウ、それから百日草で纏められた花束は普段縁がないものだから余計に、心を明るくさせる。 「それ、全部誕生花だろ」 「そういえばそうですね」 オーナーからです、とのことだったけれど、オーナーはとても寡黙そうな男性だった。 一見強面なあの人が、わざわざ会ったことのない僕のために用意してくれたという事実は、僕だけでなく恐らく彼も嬉しく感じただろうと思う。 「こういう真心ってのは、悪くないな」 「また行こう、って気になりますよね」 「だな」 また近い内に行こう、と二人指きりげんまんをして一頻り笑って、幸せな気分を満喫した。 ---------- 古泉君の誕生日については PS2用ソフト「涼宮ハルヒの戸惑」より。 |