まるで子供のように彼に縋って泣き続けて、漸く涙が出なくなってきた頃、彼は僕の目尻に軽い軽いキスをした。
それはいつも僕が彼にすることで、されたのは初めてだけれど何だか照れくさくてそれと同時にとても安心感があって。
けれど矢張り恥ずかしくて視線が彷徨う僕に彼が吹き出す。

「もう、大丈夫か?」
「……はい」

ぐしゃぐしゃと僕の髪の毛を混ぜるように撫でまわして彼が立ち上がった。

「弁当食って寝ようぜ」
「そう、ですね」

そういや風呂入ってねえけど明日の朝でいいよなと面倒くさそうにいう彼に頷きながら僕も立ち上がる。
気分はすっかり軽くなっていた。泣くとすっきりする、と云う言葉はよく耳にするけれどまさか此処までとは思っていなかったので新発見だ。
けれど閉鎖空間で消耗していた体力を泣いて使い切ったので体はぐったりだ。それに眠くてたまらない。
ソファとローテーブルの合間に、ソファを背凭れにするように座ると彼が弁当をレンジに入れてスタートを押す音が聞こえた。

「何か飲むか?」
「あ、熱い緑茶が飲みたいです」
「猫舌なのにか」

彼がおかしそうに笑いながらやかんを火に掛ける。
棚から急須や茶葉を取り出して準備しているのを眺めていると幸せな気分になった。
彼はすっかり僕の家に詳しくなって何処に何が収納されているかもほぼ完璧に把握しているし、多分今では僕よりも家主らしいと思う。それが嬉しくてたまらない。
チン、とレンジが停止する音と、湯が沸いたことを知らせる薬缶の甲高い音がほぼ同時に鳴った。
僕が立ち上がってレンジから弁当を取り出して、もう一つをレンジに入れてスタートを押すと、彼が僕と彼二人分の箸を取る。それを受け取って先ほどの位置に座ると熱い緑茶の入った急須と茶碗の乗ったお盆を持って来た彼が僕の横に同じように座った。
そしてテレビをつけると、丁度やっていた映画を見始める。

「早く食えよ冷めるぞ」
「あ、はい頂きます」

僕が食べ始めると彼は茶碗にお茶を注いでくれた。
火傷するなよ、という親切な警告に従って飲める程度に冷めるまでお茶は放置する。
レンジが再び停止したことを知らせると、彼はのそりと立ち上がってお弁当を持ってくるといただきます、と手を合わせてから食べ始めた。
彼と僕の咀嚼音と、時折お茶をすする音、テレビから流れる台詞。それらが響く静かな空間に僕は心が休まるのを感じる。
会話はないけれどそれは珍しいことではないし、隣に彼がいるだけで僕は安心するのだ。
一足先に弁当を食べ終わって、ごちそうさまでした、と呟くと彼がおかずを咀嚼しながら頷いた。きっとお粗末様、と云うのもおかしいから何といえばいいのか分からなかったんだろうと思う。
空っぽの弁当を流しに持っていって洗おうとすると彼があとで俺がやっておく、と云った。

「え、でも…」
「良いから早く戻って来いよ寒い」

ぽんぽん、とさっきまで僕が座っていたところを叩いて彼が催促した。彼に従って隣に座ると満足げにまた食事を再開する。
また無言が戻ってきたが、やはり気まずさはない。
映画は終盤で、 主人公とヒロインが抱き合って愛を囁いていた。
彼はそれを見てふっと笑うと僕を見る。

「…どうしました?」
「いや、クサい台詞ばっかで何か聞き覚えがあるなと思ったら似たようなことを良くお前が云ってたなって」

彼は最後の一口を口に放り込むと茶碗と急須の乗ったお盆と弁当を持ってキッチンへ入り、洗物を始めた。
僕は彼の言葉に呆気にとられてしまったが、思い返せば成程確かに似たようなことを云っていたかもしれない。
彼が洗物を終え、二人で歯を磨いてから寝室に入ると彼がまるで自室のようにクロゼットを開けて着替えを取り出す。

「すっかり貴方の家ですね」
「んあ?あぁ、そうだな」
「半同棲って感じで嬉しいです」

着替えてベッドに潜り込むといつものように彼を腕枕する。
普段ならこのまま会話もなく寝てしまうが、今日は珍しく彼がぽつりぽつりと話し始めた。

「最近さ」
「はい」
「お前疲れてただろ。だから、さ…」

心配で僕の様子を見に来てくれたらしい。
さすがにお前が泣くとは思ってなかったからちょっとびっくりしたけど、と彼は続ける。

「けど、嬉しかった」
「え?」
「なんつーか、上手く云えねえんだけどさ、お前普段弱いところとかそんなに見せないだろ。だから、嬉しかったんだ」
「キョン君……」

僕の胸に顔を埋めたまま、彼が笑う。

「もっと、俺に寄り掛かれよ古泉。お前一人支えられないほど弱くはないぜ」
「…はい。ありがとうございます」

嬉しくて彼を抱き締める腕に力が入る。
彼は僕の背中に腕を回して軽く撫でながら、顔を上げた。目が会うと優しく笑って、キスを強請るように目を瞑る。
それが珍しくてつい、彼がしつこいと怒るまで何度も何度もキスをした。

「泣きたいときは、俺を呼べよ」
「はい…っ」

彼は照れ隠しに怒ったような表情を浮かべて、おやすみと呟くと僕の胸に顔を押し付けて黙り込んでしまった。
おやすみなさい、と返して、彼にキスを落とすと僕も目を閉じた。





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