時折無性に泣きたくなるときがある。
閉鎖空間から帰ってきたとき、泊まりに来ていた彼が帰ったとき、団活を終えて一人きりになったとき。
無性に寂しくて悲しくて苦しくて、泣きたくなるときがある。
そして今がまさに、泣きたいときだ。
閉鎖空間の帰り、陰鬱とした気分で泣きたくて泣きたくて、だけれど生憎と泣きたいと思っても泣けない僕は、新川さんに頼んで家の500mほど手前で下ろして貰った。
今は24時間営業のレンタルビデオショップで泣けると云う煽りのDVDを借りる為にとぼとぼと一人夜道を歩いている。明日は土曜日で団活もないし、夜更かしをしたって良いだろう。レンタルビデオショップで数年前に流行った悲恋物と、彼が見たいと云ってきた洋画を借りて、マンションの手前のコンビニで弁当を2つとお酒を幾つか、あと煙草を買った。
歩き煙草はマナーが悪いと云うけど早く帰りたいし、かといって家に帰るまで我慢もできず袋から煙草を取り出して銜える。火を点けるときにふと誰かに見られたらどうしようかと思ったけれど、既に深夜2時を回っていたしどうやらそんな心配は必要なさそうだ。
いつも吸っている銘柄が丁度売り切れで何となく買ったラークの黒ラベル。7mgでそんなに軽いものではないけれど以前吸った他のラークとは味が違うし随分と吸い易くて何だか味気ない。そういえば以前からラークを吸っている人ではなく日本の銘柄を吸っている人がターゲットなんだっけと一人納得する。
これを買ったのは失敗だったかなぁと思いながら携帯灰皿に吸殻を入れると、後ろから声を掛けられた。

「おかえり」

振り向くと少しだけ怒った表情の彼。
視線は僕の手元、つまり携帯灰皿に向けられていて、そう云えばもう煙草なんて吸うなとついこの間怒られたことを思い出す。

「ただいま、と云うべきでしょうか。けれど、何故貴方が此処に?」
「お前に会いに来た」

またこんなものを買ってばかいずみめ、と彼が怒りながら僕の荷物を取り上げる。
かしゃんと缶と缶の当たる音に彼が顔を顰めた。未成年が飲酒喫煙をするんじゃありません、と云いながら彼は僕からそれらを取り上げた事は無い。

「重くないですか?」
「重い。弁当と酒と煙草って何処の草臥れたサラリーマンだ」

明日は俺が飯作ってやるから、と彼が怒った表情のまま僕を睨む。
きっと僕のことを心配してくれているんだろう。怒られているのに、いや怒られているからこそ嬉しい。
そんなことを思っていると彼は僕の、先までコンビニ袋を持っていたのとは反対の手を見て首を傾げた。視線の先を辿るとレンタルビデオショップの店名が入った袋があって、そう云えばさっきまで泣きたくて堪らなかったんだということを思い出す。
唐突な彼の登場でそんな気分はすっかり吹っ飛んでいたのだけれど。

「お前がDVDを借りてくるなんて珍しいな」
「あ…、えぇ、まぁ……」

曖昧な返事を返すと彼はエロDVDか?なんてとんでもないことを云った。
慌てて否定すると彼は何処か安心したように笑いながら僕の手を取る。

「寒いから早く中入ろうぜ」
「あぁ、そうですねすいません」

鍵を開けて自動ドアを潜り抜けエレベーターに乗り込む。
繋いだ手はそのままだ。彼が時折思い出したように大きく前後に振る。まるで幼児のような振る舞いに思わず笑うと彼はぎゅ、と繋ぐ手に力を込めて無言の抗議をする。
ぽーん、と静かな空間にやや間抜けな音が響いてエレベーターが止まると彼は僕の手を離して飛び出た。
そして小走りで僕の部屋の前まで行くとがさごそとポケットを漁り、鍵を取り出して開ける。

「おい早く来いよ」

先入ってるぞーと、近所迷惑にならないように小声で云うとさっさと中に入ってしまった。きっと僕の為に寝室とリビングの暖房を付けてくれているのだろうと思う。
けれど驚いた。
いつだったか彼に無理矢理押し付けた合鍵を彼が使ってくれるとは。
下らない事だけれどとても嬉しい。
やや遅れて家に入り、ふと思い立って廊下の奥に声を掛けた。

「ただいま」

静かな空間に僕の声が響くとやや間があってからがちゃりとリビングのドアが開く。
目を大きく見開いて如何にも驚いている表情の彼が大またで僕の元へやってくるとふっと笑った。

「おかえり」

遅かったな、と両手を広げる彼を抱き寄せるとすごく冷たい。
首筋にキスを落とすとくすぐったそうに身を捩って僕の頭に軽く拳骨を落とした。

「ずっと、外で待っててくださったんですか?」
「ん、まぁ、何となくな。お前が苦しい思いしてんのに俺だけお前の部屋でぬくぬくってのも何かわりぃし」

暖房だけ、お前が帰ってきたとき寒いと思って寝室はタイマー掛けておいた、と笑う彼が愛しくて抱き締めている腕に力が入る。
何だか無性に泣きたくなった。
鼻の奥がツンとして、視界が揺らぐ。
あ、これ泣いてる、と理解するまでどれくらい時間が掛かっただろうか。
彼が目尻を下げて優しく優しく笑いながらベッドに行こうなんて僕を寝室まで誘導してくれた。
そして僕の手を握って僕の頭を撫でてそれから僕を抱き締めて。
耳元で彼がとても小さな声で、お疲れ様、と云った。

「っ、きょ――…」
「全部吐き出せよ」

な?と僕を覗き込む彼は今までに見てきた表情の中で一番綺麗で、一番優しい笑みを浮かべていて、僕はますます泣けてきた。









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