前サイトの一周年記念だったもの





あぁ、それはオオイヌノフグリ、と言うんです。
いつだったか道端に咲いていた小さな青い花の名前を聞いたとき、古泉は少し苦笑しながら答えた。
苦笑していた理由を知ったのは、確か割と最近だ。
長門に貸してもらった恋愛小説。それに出てくる古泉と同じ名前をした男が主人公に聞かれ、やっぱり困ったように答えるシーンがあった。
なるほど、それは確かに意味を知っているものからすれば口にするのは躊躇われるかもしれない。小説の中の彼と同じように、古泉は答えたあとに「聞かれたのが僕で良かった」と呟いた。
それ以上何も言わなかったのは奴なりの優しさだったのだろうか。今更聞くわけにもいかないし正確なところは分からないが。
道端に生えたオオイヌノフグリを眺めながらぼんやりと歩いている内にマンションについた。
鍵は何処にしまったかな、と鞄の中を探っていると後ろから声を掛けられた。

「お帰りなさい、キョン君」
「おぉ、古泉。ただいま。お前もお帰り」
「えぇ、ただいま戻りました。」

鍵は結局見付からず、大人しく古泉の後ろをついていく。
どうやら古泉はケーキ屋に行っていたらしく見覚えのある袋を提げている。
それを見て暫く考え込んで、ふと思い出した。
今日で古泉と一緒に暮らし始めて一年だ。
六月二十六日。余りにも中途半端で逆に覚えている。
確か俺の妹を説得したり何だかんだでやけに時間を食ったのだ。
そういえば、今日はそうだった。
もっとずっと一緒に居るようで、実はそれほどでもない。
不思議な感慨に囚われていると、いきなりキスをされた。

「んっ…、何だよ」
「いえ、随分と無防備な顔をしていらっしゃったので」

僕と居るときにノーガードは駄目ですよ、なんて良い笑顔でヤツは言うと満足げに俺の手を握った。
ニコニコと嬉しそうに笑っているので、こっちまで嬉しくなってくる。
相変わらず、俺と居るときは無防備だ。
そんなこんなで部屋に入る。
古泉はケーキを冷蔵庫に仕舞うとクーラーをつけ、それから冷たい麦茶をコップ二つに注ぎ一つを俺に渡した。

「さんきゅ」
「どういたしまして」
「今日で一年なんだな」
「覚えていらっしゃったんですか」

どういう意味だ、と睨むとヤツは嬉しそうに笑い、俺の額にキスを一つ落とした。
そして俺を抱きしめると、クスクスと笑いながら

「貴方は記念日なんか気にしないタイプだと思ってました」
「まぁな。でもさすがに付き合い始めた日は覚えてるぞ」
「えぇ」
「今日のは、さっきケーキ屋の袋見てやっと思い出したんだけどな」

そう白状するとそれでもヤツはやはり嬉しそうに笑ったままで

「思い出してもらえて嬉しいです」

と呟いた。
その声が本当に嬉しそうで、幸せそうで。
俺は何も言葉を返せず、その代わりにそっとキスをしたのだった。
自分からキスだなんて滅多にしないからかヤツはかなり驚いた顔をした。

「嬉しいです」
「…そうか」

恥ずかしいからもう何も言うな。
古泉は少し微笑むと、顔を近づけてきた。
やはり慣れないことはするもんじゃない。
そんなことを思いながら、俺は目を閉じた。





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