後程桜の木の下で、そう伝えはしたものの本当に彼が来てくれるのかは正直なところ半信半疑だった。
彼は僕に対しては些か冷たい態度だったし具体的な時間を伝えた訳でもなかったからだ。
しかし、

(いた…っ!)

遠目に彼を見つけて駆けて来たのだけれど、一度立ち止まって呼吸を整える。
よし、といつも通りの微笑を浮かべて彼の元へ向かった。

「お待たせ致しました」
「あぁ、別に構わん」

どうせあぁいう湿っぽいのは苦手だしな、と呟く彼に僕も苦手ですと答える。
そうして暫く卒業式に対する感想や、今までの思い出話などを話して。
僕がもう今日伝えなくてもいいか、なんて思った頃、彼がふと思い出したように云った。

「で、今日呼び出した用件は何だ?」
「え、あ、あぁ」

突然その話題を振られて挙動不審になる僕に彼はただ気だるげな空気で早く云え、と訴えてくる。

「突然呼び出してしまってすみませんでした」
「……あぁ」
「貴方に伝えたい事があります。」

校舎の方を見ていた彼が何かに気付いたように僕の方を向く。

「……そうか」

察しのいい彼だから、僕が何を伝えようとしているのか気付いたに違いない。
しかしただ先を促すような視線を送ってくるだけで拒絶はされなかった。

「貴方が好きです」

やっぱり、という顔をした彼はもう一度そうか、と云った。

「貴方が好きです。此処で別れたらもう二度と貴方と会えなくなると思ったら、どうしても伝えたくなりました。貴方が好きです。愛しています。手に入れたかった。貴方の笑顔も、怒りも、何もかも。全てを手に入れたかった。その目で、僕だけを見て、その手で、僕だけに触れて欲しかった。独り占めしたかった。同じように愛して欲しかった。貴方の――」
「もういい。古泉、それ以上は云うな」

伝えたかった事を全て伝えようと捲くし立てる僕を、途中で制止すると彼は不意に両手で僕の頬を包み込むと、そのまま口付けてきた。
最初は何をされているのか分からなかった。
近付いてくる彼の顔に戸惑っていると唇に柔らかいものが触れて、それがキスだと気付くまでに時間が掛かった。

「……っ、キョン君?」
「タイムリミットだ、古泉」

彼がそう云った瞬間、遠くから僕と彼を探す涼宮さんの声が聞こえてきた。

「キョン君」
「今日、学校の敷地を出たら俺たちはもう二度と会うことはない」

それは彼の、恐らく僕の告白に対する答えだったのだと思う。
何故キスをしたの、とか聞きたいことはたくさんあった。けれど結局聞けず仕舞いで、僕は次の日機関の命令どおりアメリカの大学へ入学するため旅立った。
始まるのは九月なんだからギリギリまでこっちにいればいいのに、という涼宮さんに、始まるまでに慣れておきたいので、と尤もらしい嘘を吐いて。
駅で涼宮さんたちに見送られながら、結局僕の頭の中は来てくれなかった彼のことでいっぱいだった。



「何てこともありました」
「そう」

大学を卒業し、帰国した僕に真っ先に声を掛けてきたのは涼宮さんだった。
五年ぶりにSOS団で集まりましょ!なんて居酒屋を指名してきた彼女だったけれど、仕事で遅くなるらしい。
僕が着いたときには長門さんしかいなかった。
最初は特に会話なんてなかったのだけれど、お酒を二杯ほど飲み干した頃には懐かしい雰囲気に酔ってしまったのか、彼の話をしてしまっていた。
長門さんは終始同じペースでお酒を飲み、時々頷くだけだったけれど、それが嬉しく感じた僕はもしかしたら余程寂しかったのかもしれない。

「お待たせしました〜」
「待たせたな」

暫くすると朝比奈さんと彼がやってきた。
朝比奈さんとはさっき駅で会ってな、と云いながら自然に僕の隣に座った彼に、息が詰まる。

「もう二度と会わないと思ってたのにな」

僕にだけ聞こえる声で彼が云ったとき、胸が震えた。
そして、未だに彼を想い続けていたことを自覚した。



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続くかも。





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