「す、好きです、貴方が。その、恋人になってもらえませんか」
「断る」
もう数えることもやめてしまったのでこれが何度目の告白なのかは分からないが、断られるたびに心底から傷ついて今にも泣きだしそうな顔をするくせに、古泉は全くめげることなく毎日のように電話でメールで口頭でこうして告白をしてくる。
毎回間髪入れず断っている俺だが、正直なところこの古泉の表情見たさに断っている節はあるので、そろそろ素直に受け入れてもいいのかもしれない。
だがやはり、俺に傷つけられている古泉の表情を見るとそれはもう脳内麻薬がドバドバと全身を駆け巡って、有体に言えば興奮するわけだ。あの校内一のモテ男であるところの古泉が、俺の言葉一つで落ち込んで瞳を潤ませている、その事実だけで正直相当に気持ちがいい。
俺だけを見て俺によって一喜一憂している、それはつまり、この男の全てを支配していると言っても過言ではないのではないか。
「今日俺んち来るか」
「はい!」
食い気味で返事をして、瞳を輝かせ足取りも軽やかに今にもスキップしだしそうな様は、幾らイケメンでも多少滑稽だ。いや少し怖い。
母親に古泉を連れ帰る、とメールをすると電話がかかってきた。
『もしもし、ごめんね。古泉君来てくれるみたいだけどお母さんたちちょっとおばあちゃんの家に行くから』
「あぁ、分かった」
転んでけがをしたとかで、様子を見に行くらしい。生憎と父親も出張中なので、そうすると家には誰もいない、というわけだ。
「どうかされましたか?」
「いや、母さんたちは出かけるらしい」
それを聞いた途端立ち止まりおろおろしだす古泉だが、何を考えているのかは手に取るようにわかる。
どうせ家に二人きりなんてとかなんとか考えているのだろう。しかし今までにも幾度となく二人になるシチュエーションはあったわけだし、そしてそのたびに全く何も起こらず友人として過ごし解散しているのだ。いまさら何を、と思わないではない。
まぁ目の前で狼狽している様は相当に面白いので幾らでも見せてもらって構わないのだが。
先に飯買いに行くぞ、と声を掛ければはい!とひっくり返った声で元気よく返事をして、慌てて俺の隣に戻ってくる。
「今日、あの、と、泊まってもいいでしょうか」
「あ?まぁ、いいんじゃないか」
それは古泉にしては珍しい申し出だった。いつもは夕飯を食べたあと即座に帰っていくというのに今日はどうしたことか。
スーパーで弁当と菓子を選んだあと、会計するので外で待っていてください、と言われ大人しく外で待っていると、5分ほどして何やら緊張した面持ちで漸く出てくる。
「どうかしたか」
「いえ!」
いつも様子はおかしいが、今日は輪をかけておかしい。
しかし俺が訝しんでいると古泉はすぐに俺の視線に気付き、へらりと笑った。
「僕の顔に何かついてますか」
「……目、と鼻、と口」
「ついてますねえ」
俺のよくわからない言葉にへらへらしたまま良く分からない返事をして、そのまま家へと歩き出す。
結局部屋に入っても相変わらず古泉の様子はおかしいままだ。
「今日、なんかおかしくないかお前」
いつもなら俺の向かいに正座しているというのに、今日はなぜだかべったり腕がくっつくほどの至近距離に座り、かと思えばそのまま何もしゃべらず壁を見つめている。
「おい、」
「貴方が好きです」
「だからそれは断るって……」
言ったろう、と言い終わる前に床に引き倒され、のしかかられる。床に縫い付けるように抑えられた腕が痛い。こいつ、こんなに力強かったのか。
「貴方も僕が好きですよね?」
「は?」
だっていつも僕の顔を見てるでしょう、と言われれば否定はできない。
「僕が貴方に振られて傷ついているのを見るたびにニヤけているの、知ってますよ」
「いや、それは」
「貴方がわざと僕を傷つけて喜んでいるのを見るたびに、僕も嬉しくなるんです。だって、その瞬間貴方の頭の中は僕でいっぱいでしょう?」
そう言って俺を見下ろし微笑む古泉の顔は、今まで一度も見たことがないもので怖くなる。こいつの様子がおかしかったのは、もしかして今日家に二人きりなら俺を幾らでも手籠めにできると思ってのことなのではないか、などと。
幾ら身を捩っても古泉は全く動じることなく、表情を変えることもなく、ただ欲望を隠し切れない捕食者のような瞳で俺を見下ろしている。
「なぁ、古泉……」
「僕が怖いですか?あぁ……、興奮しますね。また、僕で頭がいっぱいでしょう。飼い犬に手を噛まれた気分ですか?でも、大丈夫ですよ。もちろん貴方が本当に嫌がることなんてしません。僕はいつだって貴方の従順なペットだったでしょう。これからもそれは変わりません。だって僕は貴方が好きなんですから」
俺の言葉など聞かず一息にそんなことを言うと、右手で俺の両手首を抑えつけたまま左手で顎を掴んでくる。乱暴だが決して痛くない程度の力加減はさすがと言ったところか。そのまま顔を固定されて、無理矢理にキスをされた。
ファーストキスじゃなかったのが救いだな、などと考えている間に舌をねじ込まれて、噛んでやろうかと思うとさっと出ていく。
「ねぇキョン君。今、どんな気持ちですか。教えてください」
「……お前なぁ」
「恨まれてもいいんです、嫌われてもいいんです。僕の告白を断る度に嬉しそうな顔をする貴方を見るたび考えていました。ただ貴方の中に僕という存在を刻みつけたい。どんな形でも構わないから、ただ貴方の心に棲みつきたい。あぁ、貴方が僕のことだけを考えてくれたら、その感情がなんだっていい。愛してます」
何を言おうとしたのか分からないが、何か言おうと口を開いた瞬間、また舌をねじ込まれて今度は探るように口内を犯される。抗議はただの唸り声になり、そしてそれはただ古泉を興奮させただけだった。
ただ、蠢く舌がまるで別の生き物のようで気持ち悪い。気持ち悪いと思うのに、気持ちがいい。
あぁ、今確かに俺の頭は古泉でいっぱいだ。だがしかし、こうして俺を組み伏せキスをしている古泉もまた、俺でいっぱいだろう。それは、実に。
「……っ、はは」
口が離れた瞬間思わず笑った俺を、古泉は不思議そうに見下ろす。
「あぁ、本当に最高だな古泉」
「キョン君?」
困惑しているのか、俺の腕を拘束する力がやや弱まる。力を込めて持ち上げると、あっさりと離された。俺がキレたとでも思ったのか退こうと体を浮かせたのを引き寄せ、体を反転させて、今度は俺が古泉を組み敷く。
「どうした古泉。俺が怖いのか?」
さっき古泉もこんな気分だったのだろうか。
「俺が今どんな気持ちか知りたいんだろ、教えてやる」
「あの」
「お前の感情が俺に支配されていると思うだけで興奮するよ」
困惑した顔は、すぐに満面の笑みに変わる。
「はい、僕はいつでもキョン君でいっぱいです」
嘘を吐け、と言ってもきっと今この瞬間の古泉にとっては真実なのだろう。実際はハルヒのことや機関のことを考えている時間も相当に長いはずだが。
「なぁ、俺と付き合うか」
「っ!」
頭突きでもされるのかと思うほどの勢いで飛び起きて、力いっぱいに俺を抱きしめそのまま床に倒れこみ、古泉は相変わらず喜色満面といった風な極上の笑顔のまま、大きく頷いた。
今更気づいたのだが、そうだ。付き合っていれば物理的にゼロ距離でこいつが俺に支配されているところが観察できるじゃないか。全く考えつかなかったのは、多分古泉の落ち込んでいる顔が好きすぎるせいだろう。
「精神的な面で言えば、僕が支配される側だと思うんです」
「あぁ、そうかもな」
「だから、肉体的には、」
先ほどのスーパーの袋から取り出されたのはコンドームだ。なるほど、それで様子が変だったのか。
「……まぁ、痛くしないならいいか。好きにしろよ」
先ほどと同じような、今すぐ喉に噛みついてきそうな獣の目をして、古泉は舌なめずりをする。きっと俺も同じような顔をしているんだろう。
もっともっと、狂うほどに俺のことだけを考えればいいと思う。
「ふふ、僕のことだけ見て、僕のことだけ考えてくださいね」
「お前こそ」
首を掴んで引き寄せキスをしたのが合図になった。





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