5月4日、腹が立つほどの快晴、まるで世界がお前の誕生日を祝ってるようじゃないか、と言えば隣の男は屈託のない笑顔で俺を見た。あはは、と大きく開くその口にケーキを放り込めば笑顔のままで咀嚼して、それを珈琲で流し込む。
「美味しいです、とても」
とても、というところに力を入れるのでやや照れてしまう。毎年頼まれて焼いている、俺でも作れる簡単なケーキは、それでもこの男にとっては世界一らしい。まあ、自慢じゃないが愛情だけは確かに誰より何より籠めているとも。
「それにしてもまあ良く撮ったもんだな」
テーブルには昨日の夜引っ張り出してきたらしいアルバムが広げられている。あの何物にも代えがたい高校時代の5人そろったものから今年の正月に取ったばかりのものまで、随分な厚さのものが何冊も。
「この青いのは高校の頃のものです。こちらが大学、この赤いのは就職してからですね」
高校時代のものはともかくとして、それ以降はどれもこれも殆ど俺と古泉二人で映り込んでいるものばかりだ。律儀な性格なのか汚い文字でいつどこで撮ったものなのか全てキャプションがついている。
ケータイで撮ったへたくそな自撮りも、そこそこの値段のカメラで撮った風景も、どれもこれも見れば鮮明に思い出せるのが写真の良いところだろう。
「あぁ、これ」
「お気に入りです」
大の男二人顔を真っ赤にしてへらへらと笑っている写真は、俺が親に古泉を「大事な人」として紹介した日のものだ。
両親に勧められて断れずいつもよりも幾分多めに飲酒してしまって少し記憶が薄れているが、古泉が頻りに幸せですと言っていたことだけは良く覚えている。今日よりもっと幸せにしてやると思ったことも。
古泉がこっちも、と指さした写真は幾分緊張した面持ちでスーツを着た俺が白い小箱を見つめているもので、これは俺が給料3か月分とはいかないまでもボーナスはほぼ突っ込んでしまったそれなりに高価ないわゆるエンゲージリングを渡した日のものだ。プロポーズになるのなら雰囲気も大事だろうと当時の俺たちにしては少し背伸びした、ドレスコードが必要なレストランだったが、事情を話したところ快く個室を貸してくれたのをよく覚えている。向こうの好意で花束とケーキも用意してもらったため、今でも記念日には利用する。
「俺はこれも意外と気に入ってるんだ」
「貴方性格悪いですよね」
「何を言う。お前が俺を好きでたまらないという顔の一つだ」
「どうかと思いますけど……」
まだ学生だった頃のアルバムに俺が無理を言って入れた、ぼろぼろ泣いている古泉の写真。
エイプリルフールだからと「別れよう」などという思い返せばこれ以上ない最悪な嘘を吐いた瞬間を切り取ったそれは、何故撮ったのか忘れてしまったが俺にとっては重要なものだ。
「もう泣かせない、と思ったんだが」
「……まぁ少なくともあんな最悪な出来事はあれっきりですから」
「反省はしてるんだ」
ざらつく罪悪感も、この世にこれ以上大事な存在などいないかもしれないという愛しさも、この写真を見ればいつでも思い出す。
「そういえばそっちの小さいアルバムはなんだ?」
「あぁ……、どうぞ」
渡された小さなアルバムを開くと1ページに1枚写真が貼られている。キャプションは入っていないが、高校2年から毎年の、古泉の誕生日の写真だった。年によっては複数枚、5人そろってケーキを囲っている写真も俺の家で妹に抱き着かれている写真もある。
「これは僕の宝物なんです」
「……そうか」
アルバムの最後のページは去年の誕生日に観光地で撮ったものだった。
「今年のプレゼントにアルバムも加えないとだな」
ふふ、と笑う古泉にキスをするととたんに照れた顔でわき腹を小突かれる。相変わらず古泉は不意打ちには弱い。
「今年はどこで撮るかな」
「どこでもいいんですよ、場所は」
重要なのは二人で過ごすということ、なのだろう。そう考えるとこいつの誕生日が祝日でよかった、と思わずにはいられない。それも連休の中日だ。平日だったりすれば仕事の状況によっては有給を撮るのも難しいだろうが、長期休暇は等しく与えられる。
「暑くなってきましたね」
「だな。いい加減出掛けるか」
今年は2泊3日で温泉旅館を予約している。事前にお願いしてあるので今夜は夕食の後ケーキが出るはずだ。チェックインは夕方なので出るのにはちょうどいいだろう。
「しかし、観光じゃなくてのんびりか、いいのか」
「ええ、大人ならではの楽しみ方だと思いませんか」
「確かにな」
温泉につかって部屋でのんびり過ごす、というのは確かに今だからこその楽しみ方なのだろう。読みたかったらしい本をカバンに潜ませているのも知っている。
早く行きましょう、と古泉に急かされ玄関を一歩出ると、焼けるような日差しに肌を撫でる涼やかで柔らかな風、空はどこまでも綺麗な青が広がって、やっぱりこの男の誕生日を世界が祝っているような気がした。





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