ふんわりエンドレスエイトネタ。古+キョン。



「お前にもああいう子供の頃ってのがあったんだろ、全く想像はつかないが」
俺が指さした先にいるのはプールかばんを背負って今まさに泳ぎに行きますと言った風の短パン小僧たちだ。プールまで競争なー、なんて言いながらこのクソ暑い中元気に全力ダッシュしている。
それを眺めながら古泉はハンカチで汗を拭い、僅かに首を傾げた。
「さぁ……、どうでしょうね。もう忘れてしまいました」
それは古泉にしては珍しい反応だ。だってそうだろう、普段答えたくない質問には一切答えずに自分が話したいことだけベラベラ喋るような奴が、一瞬困惑し表情を強張らせてそんなことを言うんだから。
だから多分魔が差したんだろう。そうに違いない。
俺はこの古泉一樹といういけ好かない野郎の、素の部分に触れてみたいと思ってしまった。
「そういや古泉、今日俺んち誰もいないんだ。たまにはボードじゃないゲームでもどうだ」
「……そうですね、ぜひ」
繰り返される夏休みに飽き飽きしてたのは俺だけじゃないだろう。焦燥感もあったさ、いつまでも終わらないなんてそんな恐ろしい話、焦るに決まっている。それを誤魔化すようにあれやこれやと手を打ったところでどうやら今回も終わらないらしい手づまりな状況で、たまには少し男同士の友情でも育もうじゃないかと先に言い出したのは古泉だ。
SOS団の集まりがこの人体の活動に影響を及ぼしそうなほどの高温で早々に解散となった今、どこで親交を深めるのか、そりゃあ当然涼しい場所に決まっている。どうせなら俺の家の方がいい。楽だからな。
そういうわけで俺の家であれやこれやとゲームをしていたわけだが、勝負にもならんほどに古泉は弱かった。やっぱりこいつデジタル苦手なんじゃないのか。
「古泉お前俺と同い年だよな」
「おや、貴方がそのように僕に興味を持って下さるとは。僕は閉鎖空間の外では貴方と変わらない無力な人間ですから、年齢を操作するようなことは不可能です」
肯定一つに話が長い。こいつと会話するとめんどくさいな。
「じゃあどうしてほんの7、8年前のことを忘れるんだ」
「……あぁ、先ほどのお話でしたか」
声がワントーン低くなったところからしてどうやら過去の話には余り触れてほしくないらしい。こいつは存外分かりやすい。
「まぁいいじゃないですか、僕の過去の話なんて。それより貴方はどうなんです?」
「調べがついてることを改めて聞いてどうする。言いたかないってんなら構わないさ。俺だってちょっとした話のタネを探してるだけだ」
そんなことを言えば古泉はにやけ面をやめて、ゲームのコントローラーを横に置くとソファーに沈み込んだ。上を向いたまま両腕で顔を覆って、くぐもった声で何やらぼそりと呟く。
「なんだ」
「……辛かったことや苦しかったことばかりが記憶に残るのは何故かご存じですか」
足を組み膝の上に手を置いて小さく息を吐いた古泉は、やや落ち着かなげに指を膝に打ち付けている。
「知らんな」
「ある種の自己防衛本能だそうですよ。辛い苦しい体験を回避するため脳内で記憶を反芻することによりその思い出は強く刻み込まれる。逆に楽しかったことや嬉しかったことは忌避する理由がありませんから、それによって忘れやすくなるのだとか」
何が言いたい、なんて聞かなくともわかる。3年前からの記憶は強く残っているが、それより前のことは余り思い出せないんだろう。
「……そりゃ悪かったな、余計なこと聞いて」
いつものようないけ好かないニヤケ面ではなく、恐らくは素の笑みなんだろう表情を浮かべて、古泉はいえ、と答える。
「貴方が僕に興味を抱いて下さるのは光栄ですよ。友人になりたいという気持ちも嘘ではありませんから」
ごく普通に生まれごく普通に育ってきた中学3年生がある日突然訳も分からない灰色の空間で恐ろしいほどでかく青い怪物と戦う羽目になったときの心境など、俺には到底想像もできん。できるわけがない。近しい人間が死んだ、友人が事故にあった、そういうものならある程度経験からこうであろうという回答を導き出せるが、余りにも荒唐無稽な話で俺からしたらテレビの向こうのヒーローでも見てる気分だね。だが、テレビの向こうのヒーローは正義に燃え世界を守る使命を全うし文字通り命を懸けて戦うほどの精神的な強さがあるが、こいつはどうなんだろうか。
ハルヒによるあれやこれやの事件で俺はつねに巻き込まれているだけの可哀想な被害者だと思っていたが、こいつからしたら俺も加害者なのかもしれない。
「普通に普通のクラスメイトだったらもう少し友人になれたかもな」
「それはどうでしょうか。僕と貴方がクラスメイトだったとして、恐らく話す切欠もないまま終わるのではないでしょうか」
そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。出席番号順なら席はそう近くないかもしれないが、席替えを繰り返していれば前後になったかもしれないしそうしたら多少話しただろう。ハルヒに話しかけたように、古泉って相当モテるんだなとかそんな言葉の一つでも掛けたかもしれない。
だが、たらればなんてものは考えたってしょうがない。
「僕は彼女に選ばれた人間が貴方で良かったと思っていますよ」
「……そうかい」
「涼宮さんや長門さんや朝比奈さん、或いは僕の正体を知った所で、貴方は特別態度を変えたりはしなかった。それは非常に難しいことです」
足を組みなおしてすっかり汗を掻いたコップを手に取り、既に温くなったであろう麦茶をちびちびと飲みながら、古泉は窓の外に目をやる。さっきまで腹が立つほどの青空が広がっていたが、いつの間にやら随分とでかい入道雲がやってきて、暗い影を落としている。
「そりゃ信じてなかっただけさ。宇宙人だの未来人だの超能力者だのと、頭のおかしな奴は頭のおかしな奴の周りに集まるのかと思いはしたが」
「貴方は良い人なんでしょうね」
どうしてそうなる。頭のおかしい奴なら刺激しないに限るだろう。距離の取り方を間違えれば逆上させるかもしれないんだからな。それならばハイハイソウデスネと話を聞いているだけに留めた方が安全だ。
「そうでしょうか。さっさと逃げてしまえば仮に巻き込まれそうになった時、周りが貴方を可哀想な被害者と見做して助けてくれたかもしれませんよ」
「俺が逃げ出しておいた方がお前には都合が良かったってか」
「……いいえ、僕はSOS団としての活動もそれなりに楽しんでますし、味方ではないにしろ長門さんや朝比奈さん、そして貴方が僕の正体を知っていると言うのは、楽ですよ」
「そうかい」
長門と古泉がいなければ俺は死んでいたかもしれないし別の世界に行っていたかもしれない。そう思えば俺が今こうしてこの世界でのんびりと終わらない夏休みを楽しめているのも間違いなく二人のお陰であるが、長門はともかく古泉に対して深く感謝したことなどないかもしれん。
「高校という最も人生で重要な時期に、こうして非日常的な体験を重ねられている我々はラッキーだと思いませんか」
「何だ突然。思いません」
「おや残念。僕は無駄な経験というのは人生において一つもないものだと考えています。今はたとえ辛く苦しい日々でも、いずれそれは役に立つはずです。どのような事象に対しても動じず冷静に対処できるようになるかも知れませんし、或いは理不尽な目にあっても挫けない強さが身に付いているかも知れません」
随分ポジティブだな、と思ったが、或いはそう自分に言い聞かせているんだろうか。俺の言動によりハルヒのメンタルが不安定になりあの灰色空間が生まれるっていうなら成程確かに余りにも理不尽だ。
まあ俺だって散々理不尽な目にあってるしな。朝倉に殺されかけたりとか。
ハルヒが俺を気に入っているらしいというそれだけの理由で命を狙われる羽目になるかも知れないと言うのもやはり納得しかねる。第一俺が死んで本当に情報爆発とやらが起きるのか甚だ疑問だ。
「もう一戦、お願いしても?」
「何戦でも付き合うさ」
ゲームをしながら古泉はぽつりぽつりと自分のことを話す。珍しいこともあるもんだ。話したいことはベラベラと良く喋る人間のこいつが言葉に詰まったり考え込んだりする時間の方が長いなんてことがあるとはな。こいつはてっきり口から生まれてきたのかと思っていたが、案外そうでもないらしい。
自分個人の話になると難しいんだろうか。
子供の頃夏休みの宿題をやらずに学校に行って怒られただとか、書初めで字が汚くて個別指導を受けただとか、そんな思い出を語る古泉だが、全くそこに親が出てこないのはどうしたことかね。長門や朝倉のような3年前生み出された対有機生命体コンタクト用なんちゃらなどと違って、こいつはただの人間のはずなんだが。
「何かおかしな話でもありましたか。複雑な顔をしてらっしゃいますが」
「気にするな」
「……あぁ、親の話が出てこない、とか」
俺は飲みかけの麦茶を噴き出しかけ無理やり飲み込んだ結果死ぬのかと思うほど咳き込んだ。諦めてお茶吐き出してた方がマシだったかもしれん。拭くだけで済むしな。
古泉は困ったように首を傾げるが、それをやって許されるのは長門や朝比奈さんだけだぞ。
「何の取柄もないごく一般的な両親でしたよ。それなりに不満もあれば尊敬しているところもあって、特別なことなんて何もありませんが、そうですね……、僕にとってはいい家族です」
暫く会っていないような口ぶりで話すのは、恐らく今は一緒に暮らしているわけではないからだろう。そりゃあそうか。時間なんて関係なくアルバイトに呼び出され、恐らく閉鎖空間以外でもあれこれやることがあるだろうことを考えれば、家族で暮らすよりは機関の人間の目の届くところにいた方がいいだろう。高校生の一人暮らしもないわけじゃないだろうが、そう有り触れたものでもない。
心細くなったり、寂しくなることが、こいつにもあるんだろうか。
「ま、お前も普通の人間として生きてきたってのは分かった」
「今も閉鎖空間以外ではごく普通の人間ですよ」
「どうだかな。知らんが、まあ偶になら愚痴も弱音も聞いてやらんこともない」
ゲームはまた俺の勝ちだ。わざと負けているのかどうなのかは知らんが。
「……友人でも恋人でも、誰かひとり、すべてを打ち明けられる相手がいればとは、時折思います。それが貴方であれば嬉しいとも」
ちらりと横目で見た古泉はコントローラーを眺めながら自嘲的な笑みを浮かべている。なぜそんな表情なのかは俺には全く想像もつかない。ただ、やや苦し気な表情に同情したのは確かだ。ショッピングモールで親と逸れ迷子になって今にも泣きそうな子供と同じ、まるで世界に一人ぼっちで放り出されたような心細さが見える顔に、思わず子供にするように頭を撫でた。
「……まさかこの年で同性に頭を撫でられるとは」
「すまんつい、迷子の幼稚園児みたいな表情してたもんでな」
「貴方はいいお兄さんなんでしょうね。嫌悪感を抱くどころか、心地よさすらあります」
「おうおう、今日だけ甘えとけ」
男の癖にふわふわとした手触りの髪は悪くない。それに、弱り切っている古泉は普段の鬱陶しさもない。
窓の外でぽつぽつと雨が降り出し、かと思えば視界が白く煙るほどの強さになる。それを眺めながら古泉は頭を俺の肩にそっと乗せた。
「やめろ気持ち悪い」
軽く叩いてからまた撫でるとふっと息だけで笑う気配がする。
「そうは言っても撫でる手は止めないなんて、貴方はやはりお優しい」
「今日だけだ」
男に肩を貸して頭を撫でるなんてそんなこと、そう何度もやるものか。今日のはただ魔が差しただけだ。友人と呼ぶのも些か抵抗があるこの男相手に割ける優しさなど普段はないに等しい。ハルヒの相手とだけで手一杯だ。
「……それでも構いません」
僕だって同性に甘えるなんて有り得ませんよと憎たらしい言葉を吐きながらも離れる気配がないどころか頭の位置を微調整してるんだから、こいつも余程人肌恋しかったと見える。まあ救ってもらったことがゼロは言わないしな。冷静になれば男二人何をしているんだと思いもするが、誰に見られるものでもないしたまには良いだろう。
「貴方に愛される人は幸せでしょうね」
「どうだかな」
まるで俺に愛されたいとすら取れるような言葉に嫌悪はない。困ったものだと肩をすくめようとして、かかる重みに諦めた。撫でるのに疲れて手を退けても古泉が起き上がる様子はない。どんな顔してんだと覗き込めば腹が立つほど安らかに眠っていた。
仕方ない、今日くらいはもう少し優しくしてやるかと思ったことを数時間後の俺がやや後悔することになるとは思わなかったね。まさか恋人よろしく肩寄せ合って昼寝しているところを用事を終えてさっさと帰ってきた母さんと妹に見られるとは。
あははと困ったように笑う古泉に蹴りを入れたのは言うまでもない。





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