これは恋だ、と気付いたのは多分閉鎖空間の帰り、朝と夜の入り混じる空を見上げて、彼に会いたくなったときだ。疲れ果てて、けれど学校は当然休みになどならなくて、もうたくさんだと思いながら見上げた空が、あまりにも綺麗で。
その瞬間どうしようもなく彼に会いたくなって、そして気付いた。
その日から何となく、本当に何となく、彼とうまく接することができなくなって、けれど彼は優しい人なのでただ眉尻を下げた笑みで「無理するなよ」と言うだけで、何も聞いたりはしてこない。
彼のその笑みを向けられるたびに、僕は彼がどうしようもなく好きなのだと思う。
「古泉君、遅かったわね」
「すいません、今日は日直でして」
部室に入ってそんなやりとりをし、椅子に座る。
向かいに座る彼はつまらなそうな顔で手際よくオセロを用意している。
「俺からでいいか」
「ええ、構いません」
彼がコマを置いて、一つ裏返す。僕がコマを置いて、一つ裏返す。
彼がまた、コマを置いて、そして僕を見やる。
「ちゃんと、考えながら置いてるんだよな」
「はい、貴方のアドバイス通り、何手か先まで数パターン考えながら置いてます」
「……そうか」
疑わしげな表情の彼に、いつもの笑顔を返す。やれやれだぜ、と言いたげに溜息をついて、彼がコマを裏返す。
コマを持つその手が、指先が、僕に触れてくれたらどれだけ良いだろうか。
ほんの一瞬、そんなことを思って、心の中で自嘲した。
そうして気付けば盤面は半分以上が黒くなっている。
「おや……」
「真剣にやってるのか疑わしくなる時があるよ、俺は」
「いつも真剣ですよ」
ほんの少し眉間に皺を寄せた彼は、目線を盤面に向けたまま、そうだと良いがなと呟く。
空いているマス目と、白黒のコマの差を比べて、彼は黙って片付けを始める。
「……強く、なれませんね」
「頭はいいのに、ほんと不思議だな」
何でそんなに弱いんだ、と顰め面のまま彼が溜息をついた。
そして数学の教科書を広げ、この際宿題でも教えてくれと笑う。明日当たるんだ、というので隣に移動して自分のカバンから教科書とノートを出す。問題を読んで、一緒に解きながら時折説明をする。分からん、と言われたところは普段省くような計算式も書いて、図解を加えながら。
彼はそれを写しながら呻る。
「はー分かんねえ」
「当たるのがこの問題だけなら、僕のノートを写すだけで問題はないかと」
彼がペン回しをしながらそうだよなあと頷く。
「お前が面倒じゃなきゃ、ここ最初から説明してくれるか」
「勿論、構いませんよ」
単元の最初のページを開いて、分からないところが分からない、と苦笑する彼に一から説明をする。
俯く彼の教科書を見つめる真剣な瞳が、とても可愛らしい。僕の説明が分からない時の顰め面も、理解できた時に漏れる笑みも、彼のころころと変わる表情が、いつも笑顔を貼り付けている僕とは全く違っていて、ほんの少しの羨ましさと胸を締め付けられるほどの愛おしさが溢れてくる。
「……ここまでは、分かりますか」
「どうにかな」
好きだなどと、思うことすら間違いだと知っているというのに。
彼はノートに公式を書いて、つまらなそうにシャーペンを放り投げる。
「……お前、」
「はい、何でしょうか」
僕の後ろで何やら楽しそうな涼宮さんと、いつものように半泣きで抵抗しているらしい朝比奈さんを見遣って、彼は小さく溜息をついた。
「お前、最近心ここに在らずってとき多くないか」
「……そう、で、しょうか……」
貴方が好きだから、好きなところを見つけるたびに、好きだと思うたびに、きっと、心が体から離れていくのだ。
ぼんやり、現実逃避のようにそんなことを考える。
彼は胡乱げに僕を見上げ、すぐにノートに視線を戻した。テーブルから落ちかけていたシャーペンを手に取り、教科書の問題を解き始める。
それは、僕への気遣いなのか、それとも興味が失せただけなのか。僕には判断ができない。
「これは、こっちの式を使うんだろ」
「あぁ……いえ、分かりづらいかもしれませんが、この場合はこちらの式を使ってください」
「わかんねえなあやっぱ」
引っ掛け問題ですから、と言えば彼はまんまと引っかかったなと苦笑する。
公式を書いて、彼は時折考え込みながら計算式を書いていく。それを、頬杖をついたまま眺めていると、なんだかとても穏やかな時間を過ごしているような気がして、こんな関係が続くならどれだけ幸せなのだろうかと考えた。
目を閉じれば、後ろからは涼宮さんの上機嫌な声と諦めきった朝比奈さんのふえぇという悲鳴、長門さんがページをめくる音、そして彼がノートに式を書いていくシャーペンの音。
まるで、普通の高校生のようだ。
好きな人に好きと伝えることすらできない自分の立場を、ややもすれば忘れてしまいそうなほど平和な空気を噛み締める。
ふとシャーペンの音が聞こえなくなり、彼の手が止まったことに気付いて目を開ける。なんとも言えない、苦虫を噛み潰したような表情の彼と目線が合う。
「寝てんのかと思った」
「いえ、起きてますよ」
「疲れてるのか、ここ最近」
体調悪いのか、と僕を気遣うような言葉を口にして、彼はどこか居心地悪そうに椅子に座りなおす。
彼のそう言った一つ一つの態度が、僕の心をかき乱す。
貴方の気遣い一つに、ここ数ヶ月の嫌なこと全て帳消しになるほどの喜びを感じているなんて、知らないでしょう。最近漸く友人にランクアップしたような、そんないまいち信用もできない同性相手にこんな感情を持たれていることも、気付いていないでしょう。
僕が女だったら、なんていう馬鹿げた思考は辞めた。
カタン、と窓が開く音がして、風が勢いよく吹き込む。長机の上の教科書がパラパラパラと捲られて、彼が深い深いため息をついた。
僕の思考はそこで終わり、彼曰くの貼り付けた笑顔で後ろを振り向く。
「風が強いですね」
「嫌な天気なのよね」
雨でも降るのかしら、という彼女の声に長門さんは本から顔を上げ、そして読みさしの本をパタンと閉じる。
「あと1時間ほどで降る」
「じゃあ降る前に帰るか」
ありがとうな、古泉、と彼はやれやれ顔のまま教科書を片し始める。僕もそれに倣って教科書ノート筆箱を仕舞い、荷物を持って外に出る。朝比奈さんの着替えが終わるまでの時間、ほんの少しだけ彼と二人きりになれる場所で、彼はまた胡乱げな顔でこちらを見て、なあ、と囁いた。
「はい、」
つられるように知らず小声になる僕に、彼は可笑しそうに小さくふっと笑う。
「お前、ほんとに疲れてねえの」
「……ええ、疲れてはいないと思います」
「自分のことなのに曖昧だな」
呆れたような表情で僕を見て、すぐに視線をそらす彼は、ほんの一瞬眉間に皺を寄せて、そのあと小さくため息をついた。
「少し、考えることがありまして」
「ふーん」
「……もし、僕が何の変哲も無いただの高校生だったら、どれほどいいだろうかと、」
「ふーん」
風がまた強くなってきたようで、窓が小さくカタカタと鳴っている。窓の外では木の葉たちが風の形に舞っている。時折窓にあたり、ぴしっと音を立て、彼の声を掻き消そうとする。
「俺にも言えないようなことなのか、それは」
「え」
「まあハルヒは当然として、朝比奈さん長門もお前とお友達とはいかないだろうし、そもそも属する組織が違うしな。その点俺は、お前の事情もある程度把握してるし、口は堅いと思うぞ」
「……ふふ、そうですね」
けれど、僕が今貴方に抱いている感情を知れば、きっともう友達ではいられなくなるでしょう。気持ち悪い、寄るなと心底から言われた日にはきっと僕は、立ち直れない。
「僕のこの感情は、涼宮さんへの裏切りです」
そして貴方への、と付け足せば彼は困惑したように僕を見る。何か言おうとして口を開き、けれど適切な言葉が浮かばないのかすぐに閉じられる。思案顔の彼に、ご心配をおかけしてすいません、と言えば、曖昧なああ、という返事。
背後でドアが開き、涼宮さんが彼に飛びつくように出てきた。遅れて朝比奈さん長門さんが出てきて、ぞろぞろと昇降口へ向かう。
感情を声に出すのは怖い。彼が好きだと口にしてしまった瞬間、きっと僕はこの想いを益々止められなくなるのだ。
靴を履き替えて、最後尾についてのんびりと歩く。前を歩く朝比奈さんと長門さんの、なんとも言えない距離感が少しおかしい。朝比奈さんの言葉に相槌を打つ長門さん、二人の会話は途切れ途切れで、けれど最初出会った頃より、ほんの少し肩が近づいて、絆と呼ばれるものがあの二人にもあるのだろうと思った。
僕は相変わらず、誰との距離も縮まっていない。
あの、彼を好きだと自覚した日、朝と夜が入り混じる、濃紺と橙のグラデーションに散りばめられた煌めく星々を見上げて、いつかの天体観測を思い出した。そして、彼との記憶を並べ立てる時、胸が高鳴ることに気付いたのだ。恋愛感情を抱いている、と思った瞬間に全てが腑に落ちて、そして猛烈に彼に会いたくなった。あの日の朝焼けは、脳裏に焼き付いている。
知らず歩く速度が落ちていたようで、前を見れば四人との距離が随分と開いていた。それは、そのまま僕と彼女達との心理的な距離に置き換えられるような気がして、ほんの少しの寂しさを感じる。
ざあっと一際強く風が吹いて、湿った空気を運んでくる。
いつもの分岐点で、僕が追いつく前に、それぞれが挨拶もそこそこに散り散りになっていく。涼宮さんが声を張り上げて、古泉君も雨が降る前に早く帰るのよ、と僕に手を振る。ありがとうございます、という僕の声は風にかき消されてしまったが、彼女たちには伝わったようだった。
視線を足元に戻してぼんやりと歩いていると、ききー、と軋むブレーキの音がして彼が横に立つ。
「……おや、」
「今日俺以外で出かけてるらしくて飯ねえんだ」
どっか食いに行こうぜ、といいながら彼は空を見上げた。
「雨、19時くらいには止むとさ」
彼は僕が答える前に、駅前のファミレスでいいだろ、と自転車を押しながら歩き始める。
思考が追いつかない僕は、彼を追うこともできずに立ち尽くす。
家族が外出していて夕飯の用意がないのは本当かもしれないが、けれどそれだけの理由でご飯を食べに行くほど、僕と彼は親しくない。きっと僕の様子がおかしいのを気遣って誘ってくれているのだ。
嬉しいと思う反面、苦しくもある。
5mほど進んだ彼がふと振り向いて、そしてなんとも言えない、怒りや悲しみの混じる顔をした。自転車を停めて僕の元まで戻ってくると、やっぱり帰ろう、と僕の腕をとる。
「あの、」
「お前んちの近くの弁当屋で飯買って、お前んちで食う」
乗れよ、と自転車の荷台を指す彼の言葉に逡巡する僕を、彼は無理矢理荷台に座らせる。僕のカバンを乱暴に彼のカバンの上に乗せると、彼はサドルに跨り漕ぎ出す。
部屋に着くまで、お弁当を買うときですら一切会話のない状態で、彼は相変わらず不快そうななんとも言えない表情をしていた。
部屋に入ると彼はブレザーをソファに投げ捨て、深い深いため息をつき、僕を見る。
「楽な格好に着替えてこいよ、あとハンガー貸してくれ」
「……はい」
寝室で制服を脱いで、部屋着にしているティーシャツの上からカーディガンを羽織り、伸縮性が高く生地のやや薄いズボンに穿き替えた。普段よりややラフな格好は、機関の人間以外には見せたことのない姿だ。ハンガーを一つ、クロゼットから取り出して彼の元へ戻る。
彼のブレザーを受け取ってカーテンレールにかけた。
「さっきのお前、どんな顔してたと思う」
突然彼がそんなことを言い出す。さっき、というのは恐らく彼に追い付けずに棒立ちしていた時のことだろう。
「……分かりません。すいません、どんな顔だったのでしょうか」
「泣きそうな顔」
「そう、でしたか……」
窓ガラスに雫が当たる、パチパチというやや硬い音が聞こえ始める。ほんの一瞬、部屋が白光に照らされ、大きめの雷鳴が轟き渡る。彼は窓の外を見て顔を顰めると、遮光カーテンを閉めて部屋の電気をつけた。
「お前の機嫌と天気は連動してんのか」
彼の突拍子もない発言は、きっと彼のうんざりした気分の現れだ。僕はただ笑うしかできない。
ドラマや映画では確かに登場人物の心情と天気がしばしば同調しているが、現実ではただ偶然の産物に過ぎない。或いはカミサマの気分か。
「なあ、いつも俺に何か言いたそうな顔してるよな」
「……そう、かもしれません」
自覚したその日から、いつだって僕はこの想いを余すところなく伝えたいと思っている。きっと、伝えてはいけないと思うから、余計に口にしたくなるのだ。いつだって告白してもいいような関係性なら、ここまで想いに支配されるようなことはなかったはずだ。
「貴方は、優しい人だ」
「なんだよ、そりゃ」
彼が呆れたように呟いて頭をガシガシと掻く。
「……折角のお弁当が冷めてしまいますね。食べましょうか」
僕の様子がおかしいから話を聞こう、思ったより深刻そうだからファミレスはやめて家にしよう、そういう彼の優しさが、今の僕には辛い。
それに、話せることなど何もない。
お弁当を食べながら彼は他愛もない話をしていたが、食べ終わった後はまた無言に戻った。帰る、とは言わないのが不思議で、かといって僕が彼に帰らないんですかなどと聞くはずもなく。既に雨は止んでいるようだったが、2人でぼんやりと面白くもないバラエティを眺めている。
お弁当のゴミを片してお茶でも入れようかとキッチンに立つと、床に座る彼がふと何か思い出したように僕を見て、口を開いた。
「……なあ」
「はい、」
「俺への裏切りってなんだ」
彼は何か吹っ切れたのかさっぱりした顔をしている。
「最初は、ハルヒのことでも好きになったのかと思ったんだが」
「……その方が良かったかもしれませんね」
やめとけよ、と彼が小さく笑う。あんまり幸せになれなそうだよお前らじゃ、と言われればそれはそうだなどど納得してしまった。
「勘違いだったら悪い、お前俺のこと好きなのか」
彼は、とても真剣な表情をしていた。
息が詰まり、そのまま僕の体は呼吸の仕方を忘れてしまったようで、苦しさを感じながらもうまく息ができない。
金魚のように口をパクパクさせる僕に、彼は何とも言えない顔をする。けれどもそれは、納得したようなスッキリしたようなそんな表情にも見えた。
「……いつ、そう思いましたか」
絞り出した僕の声は、殆ど吐息のようで、しかし彼にはしっかり届いたらしく、小さな笑みを返される。
「さっき。お前の様子がおかしいの、俺といる時だけだなと思って」
でも別に嫌われてる訳じゃなさそうだし、ならそういうことだろ、と呟いて彼はソファに座りなおす。何となく、僕もつられて床に座ると、彼は自分の隣をポンポンと叩いて、こっち来いよと笑った。
「気持ち悪いと、思いませんか」
「お前をか。思わねえよ」
彼の隣に移動して腰掛けると、彼の汗とシャンプーの混じった匂いがした。
「ご心配をおかけして、すいません」
「……友達なら当然のこと、なんだろうよ」
彼はまた、どこか傷付いたような表情で壁を睨みつけならそう言う。その表情すら、愛おしいと思う僕は、やはり心底彼が好きなのだ。
「貴方が好きです。涼宮さんと貴方を裏切る感情だと分かっていても、それでも」
彼は今まで見たことがないほどに優しげな笑みを浮かべて僕を見る。
「お前が、誰を好きになろうと、それは自由な感情であるべきだ。誰かに咎められる理由なんてどこにもないんだよ」
「ですが、」
彼は人差し指を僕の口に当てて、聞けって、と話を続ける。
「もし俺とハルヒが付き合ってたとして、その上で例えば俺をハルヒからとってやろうって言うなら、それは確かに俺たちへの裏切りかもしれない。でも違うだろ。俺とハルヒは付き合ってないし、俺はお前を気持ち悪いとは思わない。それどころか」
そこで彼は一呼吸置いて視線を床に投げる。表情が見えていても僕は彼が何を考えているのかわからないのに、俯くと益々感情が読み取れなくなる。
次に顔を上げた時、彼はやはり優しげな笑顔をしていた。
「それどころか、お前が俺を好きだと思った時、嬉しかったよ」
嬉しかった、とは。一体どういうことなのだろうか。ほんの少しの期待が湧き上がる。けれど、ありえない、希望を抱いてはいけない。彼から友人以上の感情を読み取れたことはない。
「……ありがとうございます」
「俺がお前を好きな可能性を考えたことはないのか」
「っ、あ、ありません。ありえないでしょう」
いつでも友人としての適切な距離を保っていた彼に、一縷の望みも抱いたことはない。だからこそ、彼への裏切りだと思ったのだ。
「なあ古泉」
僕が混乱している間に彼は距離を詰め、僕の腕にそっと手を這わせると、驚いて動けない僕に、キスをした。
「なっ、」
「俺はお前にこうしてキスすることもそれ以上も想像したよ」
それは、つまり、彼は。
「お前が誰を好きになろうと自由だし、俺が誰を好きになるのも自由だと、思うだろ」
「……ええ、その通りです」
「俺はお前が好きだよ、お前が俺を好きになる前から」
彼を抱きしめてもいいのだろうか。これは夢ではないのか。
そんなことを思っている間に彼は腕に這わせた手を僕の背に回し、肩口に額を擦り付ける。
心臓が早鐘のように打ち付ける。ああ、このまま死んでしまいそうだと、頭の片隅で馬鹿げたことを考えた。
腕を、彼と同じように彼の背に回すと、彼が小さく笑う。
「こんなに、どきどきするもんなんだな」
「……ええ、心臓が口から飛び出そうです」
「俺も、このまま死にそう」
でも、と彼が僕の顔を覗き込む。先程から変わらない優しげな笑みで、けれどほんの少しだけ、頬が赤い。その表情に何となくキスがしたくなって、彼の頬に手を添えて口付けた。一瞬驚いたように瞬きをして、そのあと彼は嬉しそうに笑うとまた僕の肩口に額を擦り付ける。
「好きだよ、古泉。好きだ」
「僕も、貴方が好きです」
彼への気持ちを口に出す度に、想いは強くなる。知らなかった、言えないから益々好きになるのだと思っていた。けれどどうやらそれは僕の勘違いだったようで、言葉にすれば今までよりも更に、僕は彼を愛おしく思う。
「口にできないから、より一層貴方を好きだと思うのだと、そう考えていました」
「どんな感情だって口にしたら余計にそう思うんだよ」
彼はそう笑うと、また僕に好きだと言う。
「ええ、貴方が好きです」
言葉にできることがこんなに幸せなことだとは思わなかった。
「夢のようです。これから毎日何度でも貴方に好きだと伝えられるなんて」
「ああ、俺もだ」
抱きしめた彼の体温と僕の体温が混じり合う感覚はとても新鮮で、いつまででも抱きしめていたくなる。彼がほんの少し顔を上げると、吐息が首筋に当たってくすぐったい。そのくすぐったさも、好きだと言うたびに強くなる想いも、何もかもが初めてで、優しい彼が僕の好意に気づいてくれなかったら体験し得なかったものだ。
彼を抱きしめる腕に力を込めれば、背に回されている彼の腕にも力がこもる。
機関や涼宮さんや、問題は山積みだと言うのに、この幸せの前には全てがうまくいくような気さえした。





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