これは多分、どうしようもないことなのだ、と思う。
彼に恋していた頃の気持ちがもう思い出せないほどに年月が経った。
彼も僕ももう恋愛に対する情熱なんてなくなってしまった。
ただ一緒にいる心地よさだけは相変わらずなくならなくて、だからお互い終わりを先延ばしにしてきたのだ。
恋愛感情がなくなったのは果たしていつだったろうか。
擦れ違うことが増えたのはいつだったろうか。
僕たちはもういい年齢で、だからこの関係をずるずると続けている訳にはいかないということくらいは分かっていて。
これはもうどちらが痺れを切らすかといったような問題だったのだろう。

「古泉、別れよう」
「……僕は卑怯ですね」

胡乱げに珈琲から僕へと視線を移した彼が溜息を吐く。

「何がだよ」
「告白も別れ話も、貴方に云わせるなんて卑怯だな、と思いまして」

ふ、と吐息だけで笑った彼の瞳には、まだ微かに僕に対する愛情が残っている。
それはもう、恋愛とは程遠くにある感情なのだけれど。

「自覚があったなんて驚きだな」
「……一応、最近自覚したんですよ」

彼を失いたくないのは、彼を好きだからという訳ではないということも。
この部屋から彼がいた痕跡が消えるのは堪えられない。
それは、僕の高校から今までのそれなりの時間をずっと一緒に歩いてきた何より大切な人が、隣からいなくなるということだ。
二人だったのが一人に戻るというのは、二人に慣れてしまった僕にはとても辛い。
だからこそ、ずっと彼と向き合うことを避けてきたのだけれど。

「今までありがとうございました。貴方といれて幸せでした」
「こちらこそ、さんきゅ。俺もお前を好きになれてよかった」

友達に戻ろう、と笑う彼に同じように笑って頷けるのがせめてもの救い、だろうか。
恋愛感情は消えてしまったけれど、嫌いになんかなれないほどずっと一緒にいたことを改めて幸せに思う。
彼の嫌な部分もたくさん見てきた。それでも嫌悪感を抱いたことなど一度もない。
全てをさらけ出してくれることに愛おしさすら感じた。
いっそ嫌いになれたらと思ったこともあったがしかし、こうして友達に戻れるのだから、そのときそのときに彼を嫌わず好きなままでいられたことを嬉しく思う。

「キョン君、愛していました」
「俺もお前を愛してた」

一先ずさよならだ、と彼が笑って立ち上がる。
僕は座ったまま彼を見上げるだけだ。

「泣くなよばーか」
「すいません」

なんともいえない喪失感に、気付けば泣いていたようだ。
けれど彼はもう僕の頭を撫でて抱きしめてくれることなどないし、僕も彼に抱きついたりなどできない。
そういう関係に、なったのだから。
じゃーな、と曖昧に笑った彼はハンカチを僕に渡して部屋を出て行く。
パタン、と静かに閉まる扉の音が妙に部屋に響いて、寂しさが湧き上がってくる。
今日からは、この部屋に一人だ。
彼のハンカチを握り締めて、これからの人生をぼんやり思った。





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