チカラに目覚めたその日から、僕は独りだった。 周りも、自分すらも騙して。 北高に転校してからもそれは変わらず、寧ろ以前よりも自分を偽る事が多くなった。 自分ですら、自分のことが分からず、ただ笑って神の案を肯定するだけ。そこに自分の考えなんてものは無くて。 それでも、コレが僕の役割なのだからと自分の思いには蓋をして。 気付けば自分が分からなくなっていた。
「という訳です」 「つらくなかったのか?」 「あの時も聞かれましたけど自分が分からないんですから、辛いも何もありませんよ」
そうか、と辛そうな顔をする彼の隣に腰を下ろす。テーブルの上の、とっくに温くなったコーヒーを飲みながら彼は僕の話に耳を傾ける。
「あの時、貴方は僕に「お前には自分の意見ってものが無いのか」とも聞きましたよね」 「あぁ」
記憶を手繰るように、ゆっくりとした仕草で彼は頷いた。それを確かめてから質問を重ねる。
「その時、僕が何て答えたか覚えてますか?」 「あぁ。「分かりません」だったか」 「えぇ」
彼の答えに頷きながらその時の事を思い出す。
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「お前さ、」
僕が部室を出ようとした時、彼が口を開いた。
「ずっと聞きたかったんだけど、お前には自分の意見ってものが無いのか?」 「は?」
彼の質問の意図が分からずそう言うと、彼はだから、と同じ言葉を繰り返した。
「何故、です?」
声が微妙に震えているのが自分でも分かった。きっと彼には戸惑っている表情すらもしっかりと見られているのだろう。
「いつもハルヒの言うことばっか聞いて辛くないか?」
更に重ねて言う彼に、僕は何も言えない。 そんな事聞かれるのは初めてだし、それに今まで考えないように、思わない様にしていたことを聞かれても答えられるはずが無い。
「僕は…、」
辛い、のだろうか。自分の意見が無い、のだろうか。 今まで考える事から逃げ続けてきた僕には
「…分かりません」
分からない。 そんな事、辛い、だなんて。言ったら駄目じゃないか。 自分の意見だって。神の言うことは絶対なのに、そんなの。
「そうか。悪かったな、変な事聞いて」
そう言って僕の横をすり抜け部室を出た彼を僕は思わず呼び止めた。
「待ってください!」
驚き、振り向く彼に僕は何と言っていいのか判らず、取り敢えず近付く。
「あの…」
何故呼び止めたのか自分でも分からず言い澱む僕を、彼は珍しそうに見ていた。
「あの、」
何か言わなければ、そう思い、言いたい事も決まっていないのに口を開く。
「僕は辛いと言っても良いのでしょうか。彼女の案に反対しても良いのでしょうか」
何を、言っているのだろうか。きっと彼だって呆れたに違いない。そう思ったのに。
「良いんだよ、辛いって言っても。俺が聞いてやるから。ただ…、ハルヒの案に反対するのは不味いだろう、お前の場合。ただ意見つか、此処はこうした方が良いんじゃないですかぐらいは言っても良いんじゃないか?」
普段のような気怠そうな雰囲気ではなく、真面目な表情でそう答えてくれた彼に、思わず手を伸ばした。 彼は不思議そうな表情で、僕の手を握り、
「どうかしたか?」 「いえ…。分かりません。ただ、貴方に触れたくて」 「ふーん、変な奴」
とても優しく笑った彼を、何故か僕はカミサマに渡したくないと思った。
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「あの時の貴方の言葉に、僕は救われました」 「どの辺?」 「「俺が聞いてやるから」」 「あぁ、そこ」 「本当の僕を見せられる人が出来ましたから」
そりゃ良かった、と矢張りあの時のように優しく笑う表情は、僕しか知らないものだろう。学校では眠たげな、気怠げな表情の彼も、今では僕に色々な表情を見せてくれる。 それが嬉しくて本人に言ったら、それはお前の方だろ、と言われてしまったのは記憶に新しい。
「なぁ」 「はい」 「今は、辛くないか?」
僕の目を見て心配そうに聞く彼を抱き締める。抵抗はされない。
「今は、辛いです。閉鎖空間で戦うのも、彼女を神だと崇めて絶対服従なんてしているのも」
そう思えるようになったのは貴方のお陰だと言うと、所為だの間違いだろう、と笑って返された。
「そうでしょうか。貴方のお陰で僕は、感情を取り戻しました。辛い、だってその中の一つです。神人と戦っている時、怖い・辛い、と思えるからこうして今貴方が腕の中に居ることを幸せだと思えるんです」 「…そうだな」 「ですから辛いですけど毎日が充実しています」
そう言って彼の手を取る。そっと口付けてから顔を上げれば恥ずかしそうに頬を染める彼と目が合う。 すぐに顔を反らされてしまったけど、照れ隠しだと分かっているから可愛いとしか思えない。 髪の間から覗く耳が頬と同じように赤くなっているのを見て思わず笑みを零すと、思い切り睨み付けられてしまった。それでも矢張り頬が緩んでしまうのは、それすらも照れ隠しでしかないことが分かっているからだろう。 彼の行動一つ一つが愛しくて、抱き締める腕に力が入る。
「苦しい」
彼がポツリと小さな声でそう言うから仕方なく少しだけ腕の力を抜く。 それでも逃げ出そうとはしない。 たったそれだけの事にすら幸せを感じる僕は末期かもしれない。
「…顔の筋肉緩みすぎ」 「ふふ、貴方の所為です」 「何で」 「可愛いから」
ばーか、とくぐもった声が聞こえる。彼は暫く腕の中でもぞもぞと動いていたが、最終的に僕の肩口に顔を埋めた。 意外にサラサラな髪の毛を梳いている内に寝息が聞こえてきて、窒息するんじゃないかと心配になりながらも、彼の幸せそうな寝顔に、そんな考えも忘れて見惚れてしまった。 ベッドに運ぶ事も考えたがきっと運んでいる途中で起きてしまうだろうから、と止めた。 テレビからは最近あまり見なくなった歌手の、懐かしい歌が聞こえてきて。あぁ、確かキョン君が好きだと言っていたな、なんて考えて思わず苦笑する。 自分の思考回路は如何やら全て彼に繋がっているらしい。 でも、何だか。 そんな自分が嬉しかった。
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「古泉、俺は、」 「お前に頼って欲しくて、」 「あの時だってお前が心配で」 「何でかなんて分からなかったけど」 「きっと俺、お前が好きなんだ」
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