最近涼宮さんの機嫌はあまり悪くなく、例のバイトも行く回数は目に見えて減った。
理由は言うまでもなく彼。 僕の為に、さり気無く彼女の機嫌を取ってくれている。
最近休めてなかっただろ、と優しく微笑む彼に、少なからず愛されているのだと思うと同時に、涼宮さんに嫉妬してしまう自分が居る。 彼は僕の為にやってくれているのに、素直に喜べない自分に呆れて仕舞う。 こんなに独占欲が強いだなんて、彼に知られたら何と言われるだろう。 若しかしたら呆れてものが言えないかも知れない。
それはやだなぁ…。 なんて。他人事のように思いながら涼宮さんと喋っている彼を見た。
先程から何やら長門さんの事について話しているようなのだが、今一聞き取れない。
コトリ、と音がしてそちらを見ると朝比奈さんがお茶を淹れてくれた所だった。
「ありがとうございます」 「ううん。中空っぽだったから」
そう言って微笑む朝比奈さんにもう一度お礼を言った時に彼と目が合った。 すぐに視線を反らしてしまったから本当に僕を見ていたのかは分からないけど。
そのまま特に何も無く団活は終わった。 涼宮さんは彼と長い時間話せたからか機嫌が良く、この調子で行けば今日も閉鎖空間の発生は無さそうだった。 やっぱり彼女もただの“女の子”なんだな、と実感しつつ、矢張り痛む胸には気付かないふりをする。
前方はあまり見ないようにしていると、隣に長門さんが並んだ。
「おや?どうされました?」 「別に。…何と無く」
普段よりは丁寧に答えてくれた長門さんの表情を窺うが、彼のようには読み取れない。 当然と云うべきか、会話は無く、自分の足元ばかり見ているうちにいつものように分かれ道に着いた。
「キョン、古泉君。また明日ね!」 「んじゃな」 「また明日」
そんな挨拶をして、これまたいつものように彼とも別れようとした時。
「なぁ」 「はい?」 「今日お前んち行って良いか?」
それは願っても無い誘いではあったけれど今日は平日。 それに彼を前にして理性を保てる自身は無い。お泊りをさせる訳には行かないと断ろうと口を開いた時、それを遮るように彼は
「つか行く。決定」
と僕の腕を掴み、歩き出した。
「お前ちゃんと食ってるか?」 「え、えぇ…」
戸惑いながらもそう答えると疑わしげな目で見られる。 一応コンビニ弁当などを三食食べている、と彼に伝えると物凄い剣幕で怒られた。
「はぁ?馬鹿だろお前!」 「えぇ!?」 「そんな栄養の偏ったモンばっか食ってると倒れるぞお前!!」
自分で作らなきゃ駄目だろと怒りと心配の混じった瞳で言われ、すいませんと頷く。
「三食食えばいいってモンじゃないだろ。今日は作ってやるから。買い物行くぞ」 「あ、はい!」
彼に連れられて行ったスーパーで沢山の食材を買い込み、家に着くと彼は早速エプロンを着けて仕度を始めた。 何か手伝える事は、と聞くと野菜を洗う任務を与えられた。 洗い終わるとすることは無くなりキッチンから追い出されたが、彼が料理をしている所を見るのは中々良いものだった。
今までの黒い感情も綺麗さっぱりとはいかないがなくなっていて、その代わりに満たされた気持ちになる。 毎日彼が作りに来てくれたら良いのに、と思っているとそんな僕の心を見透かしたように彼は顔を上げ言った。
「毎日は来てやれんが、取り敢えず週3で来てやる。金曜と土曜は泊まってやらん事も無い」 「本当ですか!?」 「おう。真剣にお前の食生活が不安だからな」
全く喜ぶ場面ではないが、それでも彼が心配してくれているのが嬉しくて思わず頬が緩む。 怒られるかもな、と思っていたら案の定ニヤけるな、と怒られた。
そんなこんなで彼の作った料理が食卓に並んだ。 すごい、としか言い様が無い。 彼は今までも時々ではあったが夕飯を作ってくれたりはした。 だが今日ほど種類が多かったことは無かった、と思う。
煮物系やサラダ、焼き魚に味噌汁。 一般的な家庭料理ではあるけれど最近は食べていないものばかりだ。
「いただきます」 「おう」
最初に肉じゃがを食べてみる。 普通に美味しい。 彼が目でどうだ?と聞いてくるのでそう答えると怒られた。
「普通って何だ」 「…すいません」 「お前は俺の料理の腕をナメていたのか」 「いえ、そう云う訳では…!」
まぁ良いがな、と言う彼は何処か嬉しそうで、言うほど怒ってはいないのが分かった。 なら照れ隠し、だろうか。 彼が怒っていないのならなんだっていいか、と食べる事に専念していると、彼がクスクスと笑うのが聞こえた。
「…?」 「お前…、そんながっつかなくてもメシは逃げないぞ」 「がっついてました?」 「がっついてました」
そんなに美味そうに食ってくれると作り甲斐はあるけど、喉に詰まらせたりするなよ、とさり気無く気遣ってくれる彼にはい、とだけ答える。
幸せ、だなぁ…。 と思いながら彼に礼を言う。 「礼には及ばん。俺がやりたくてやってる事だしな。ところで」 「はい」 「最近お前さ…」
と言ったきり続きを言わない彼を不審に思い、顔を上げた。彼はどうやら続きを言うか言うまいか悩んでいるようで、箸も止まっている。 僕も食べるのを一旦止め、彼が続きを話すのを待つ。 そうして暫くして漸く彼は決心したように口を開き。
「お前最近朝比奈さんと矢鱈仲良くないか?」 「は?」 「だーかーらー、朝比奈さんと仲良くし過ぎだって言ってんの!」
言われた事の意味が今一理解出来ずにいると彼は顔を赤くして怒鳴るように
「やきもち妬いてんだよ!」
と言った。 きっと今の僕は相当アホ面に違いない。 正直彼が嫉妬するなんて、そんな事ありえないと思っていた。それも朝比奈さんに。
「嬉しいですね、貴方が朝比奈さんに妬いて下さるなんて。でも」 「でも何だよ…」 「僕だって涼宮さんに妬いてましたよ?」 「は?ハルヒ?」
理解出来ない、と云う表情の彼に思わず苦笑する。それを見てムッとした表情になった彼の頭を撫でる。 叩き落とされた。中々に手厳しい。 もう冷めてしまった料理を食べながら彼に涼宮さんに嫉妬した理由を話すと、嬉しそうな怒り顔になった。 怒った表情になるのは彼が照れている証拠だ。こういうときは、だけれど。
「貴方の心遣いは嬉しかったのですが、僕は貴方がこうして一緒に居て下さるだけで良いんです」
そう伝えると、彼は少しだけ笑って
「ばーか」
俺もだよ、と言った。 今日は何だか素直なんだな、と思いながらテーブル越しに彼にキスをする。彼は珍しく抵抗する事も無く大人しく受け入れてくれた。 それだけの事だけど、なんだか心がジワリと暖まったような気がした。
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