氷室くらいの見た目にでもなれば本気でヒモとしての生活を許されるんじゃないかって思う。でも紫原君が言った通りそれは氷室の人生をダメにする。

かと言って助けよう、どうにかしようとも思わない私もダメ人間だなって思う。


『氷室…重い…』

圧迫されるような息苦しさに目を覚ましたらいつもよりも身動きがとれない体勢。背中を向ける私の上に圧し掛かっているような、ひっついているような。顔を向ければいつも片目しか見えない両瞼が整った睫毛と一緒に伏せられていて見てるだけでも退屈はしないものだと思う程度には暫く氷室の顔面鑑賞をしていたと思う。


「…何時…?」
『……まだ9時前だけど。とりあえず起きない?』

お腹空いたと言ったところでアクションを起こすほど朝が強いわけではない。大丈夫?と顔を覗こうとしたらそのまま肩に顔を埋めてきた。ていうか全体重が圧し掛かってきてるってことは起きてない。


『ちょ、お…も……ぅっ?!』
「…よし、起きようか」

一瞬ものすごい勢いで抱きしめられたと思ったらさっきまで睡魔に苛まれていた男とは思えない身の軽さでベッドから立ち上がった。コイツのやヤル気スイッチならぬ覚醒スイッチとは、なんて思う。


「んー…冷蔵庫、これといったものがないみたいだな」
『なら外で食べる?それかコンビニ』
「それなら後者かな。俺が買ってくるから響はここで待ってて」
『え、それは流石に悪いよ』
「本当は一緒に連れて行きたいところなんだけどさ、」
『…?』

あ。


「分かった?」
『ナルホド理解』

カーテンを少し開けて外を見下ろす脇に立って同じく目を向けてみたらとんでもない策士というか女優というか。同じ道を行ったり来たりする女の子がいた。


『まさか分かってたの?』
「毎度同じ時間に偶然を装われたら猿でも分かると思わない?」
『まぁ確かに』
「適当に相手しながら買ってくるから。何がいい?」
『アイス食べたいかも』
「OK」

あ。もし粘着奴だったらアイス溶けちゃうかな。でも氷室何も持たないで行っちゃったし、どうにか撒くだろうと思っていた私が甘かった。

玄関に人の気配がしたからやっと帰ってきたかと思いながら携帯を弄っていたけど、なんかすごく甘ったるい臭いがするなぁ。


『おかえり〜……あ』
「え?」
『………』

まさか部屋まで着いてくるなんて思わない。


「な、何で…?!」
『何でって…こっちが聞きたいんだけどどうしてこうなったんだ氷室クン』

じと目で見据えたところで苦笑いで返されるだけだった。面倒は外で撒くものだろうに家の中に持ってこられたら本当拗れるだけだし面倒が増幅するだけだ。イライラムカムカが止まらないけどアイスだけは食べたい。


『アイスは?』
「あるよ。…っと、」
『食べて帰るね。その子とお話ししてていいよ』

袋を掻っ攫ってガサガサと音を立ててカップアイスを取り出す。あ、これお高いやつだ。


「それアタシが氷室君に買ってもらったやつなんだけど!」
『はい〜?じゃあこれならいいの?』

目くじら立てるのは別にいいけど他に言うことないんかい。てか買ってもらったんじゃなくて勝手にそう思い込んでるだけなんだろうな。氷室も案外適当だし。


「ていうかどうしてアンタが氷室君の部屋に…っ、こんな時間にいるの…?!」
『……』
「氷室君にも寝る時くらいは…プライベートの時間は一人になりたいのに、氷室君の気持ち考えてんの?!」
『じゃあ氷室の気持ちを考えてストーキングしてんだねアンタは』
「な…!?」

もうー…だからあれだけ撒けって言ったのに。いや、口に出して言ってないけど暗黙の了解だったはず。


『何を知って言ってんのか分からないけど私を抱き枕にしてんのも帰るのを許さないのも氷室だから。文句言うならまず隣のそいつでしょ?』

最後の一口を食べたところで二人と目が合う。片や顔を真っ赤にさせ、片や珍しくシニカルな口元を露にしていた。目を奪われたというなら確実に後者だ。なんか全部馬鹿らしく思えてきてさっさと身支度をして玄関へ向かった時。


「…違うな」
「え…?」
『…ぉわ!?』
「帰るのはコッチ、これから朝食だからこれ以上邪魔、しないでくれる?」

その子を玄関の外に押し出し逆に私を自分の胸に引き寄せる氷室にお互い驚きを隠せない。お互いの反応を待つことはせず扉を閉める氷室は何事もなかったように私の腰に腕を回してソファへ座らせた。


「遅くなったけど朝ごはん食べようか」
『…何か言うことないの?』

まさかここまでスルースキルが高性能だったとはある意味とても恐ろしい男だと思った。何か言うこと、とは言っても謝ってほしいわけじゃないにしてもやっぱり帰ってきた返事は、

「待たせて悪かったよ」
『……アイス溶けてるし』
「じゃあ冷凍庫入れて後で食べよう?」
『……』

氷室って案外こういうところあざといと思う。ていうか私も問い質さないししようとも思わない。だからある意味一番長続きするラクな関係なのかもしれない。

買ってきてくれたやつをそこそこ食べたところでそういえばシャワー浴びてない。今となってはもはや何も言わずにシャワーを借りるも久々に見る自分の裸体に息を飲んだ時には真っ先にリビングへ舞い戻っていた。


『…!ねぇ氷室…!』
「ん?」
『コレ、いつやったの!?』
「…?…ていうか全裸なんだ?」
『え!?それよりコレだよコレ!』
「……覚えてないなぁ。コレは覚えてる。あとココも」
『……』

とりあえずタオルだけ巻いて氷室の目の前に座り込んで項を見せてみたものの覚えがないとかふざけてる。だけど服の下で見えなくなってる部分はしっかり覚えてるとか都合よすぎる。絶対覚えてるくせに。残されたとしたらあの時しか考えられない。


「見えない場所なら別にいいんだよね?」
『まぁ、そうだけど』

と言ったと同時位に太腿に手を這わされてゾワッとして思わず顔を上げたら思いのほか顔が近くにあって尚更ゾクっとした。手つきは相変わらずやらしいけどなんかちょっと違うようにも感じる。


「どうしてだろう、俺のものじゃないのに所有物みたいに痕を付けたくなるんだ。誰が見ても俺だって分かるような…ね」
『……ワガママなんじゃない?』
「…かもね」

なんて言い終わる頃にはすっかりそういう空気になっていた。氷室も大概底無しだな、なんて思いつつこの後もやっぱり一筋縄ではいかない氷室だった。

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