いい年頃にもなればお洒落だって美容にだって興味は湧くしエッチにだって興味はないとはいえない。初めては大好きな人と、なんて思っていたのに今隣にいるのは


『…あっつ』

隣どころかこう、身動きが取れないなんともいえない格好。気付くと決まって指先が絡んでいて寝相もいいとはいえない。


『ねぇ起きてよー』
「……ん…」

鼻から抜けるような吐息混じりの声には最初はとんでもなくドキっとしたけど慣れてしまえばいつものことかと流してしまうようになっていた。


『ねぇってばー』

相変わらず寝顔も綺麗だなって思うのは当初から変わらない。私の顔の脇の枕に顔を埋めながら眠るこの色男、氷室の前髪をかき分けようとしたらやっと目を覚ましてくれた。


「あれ…?」
『おはよ。もうお昼過ぎてんだけど』
「もう…?」
『いい加減抱き枕探したら?』
「…どういうこと?」
『…今度手伝ってあげるからさ』

途中で何度も目が覚めた。帰ることもできるはずだったのに見事な寝相のおかげでいつもこうなってしまうのだ。のったり着替え始める私を余所にスマホをチェックする氷室もいつものこと。


「ごめん、あと10分で支度できる?」
『また急だなぁ…今度は誰?』
「ん?最近何かと貢いでくれる名前の知らない子」
『って名前ちゃんと書いてあるじゃん』
「ハハ、そうだった」

ひょいと画面を覗きこんだら特別隠そうともしなければハートたっぷりの文章。ていうかこんな昼間から?学校は?なんて人のこと言えないけど氷室の場合守備範囲が広いんだった。もしかしたらいいとこのお嬢様かもしれないし社長令嬢?かもしれないし。


『将来はヒモでいいんじゃない?』
「また面白いことを言うね」
『いや、結構真面目に言ってるんだけどね?』

身支度を整えて玄関へ向かって振り向けばいつものポジションでニコっと笑う。いつも思うけど下くらい穿きなよ。


『あ』

エントランス付近で着飾った女の子がいそいそとエレベーターに乗り込むのが見えた。もしかしなくてもあの子だと思うより先に同じ学校の先輩、だったはず。
うちの学校にも不特定多数の女の子が関係をもってるっていう噂は耳に入ってるけど私もそのうちの一人だし特別関心は抱かなかった。

思うならば氷室を本格的なヒモへと導く女神様っていう程度。こんなこと言ったらまた笑われそうだけど。

***

「でね〜氷室君エントランスの外まで送ってくれて別れ際にキスしてくれたんだぁ」
「え〜!いいなぁ〜」


(…ここもか)

学校は学校でこういった話も耳に入るけど今のは明らかにそういうことなんだよな。私から見てもかなり可愛いと思う。


「終電近くになるとね、いつも優しく起こしてくれて送ってくれるの!優しいよねぇ〜」
「じゃあ私も終電まで粘ってみようかなぁ」

終電まで居させるならそのまま寝させてやればいいのにと思うのはおかしいのだろうか。そういう所はきちんとしてるというか、でもそう感じさせないのも氷室のリップサービスあってのことなのかもしれない。


「響ちん?どしたのこんな所で」
『え?ていうかさっきから居たよね?』
「え〜何で分かんの?」
『視界の中に入ってたし。ていうかあの子たちの話も聞こえてたんじゃない?』
「あれだけ喚き散らしてればね〜マジ公害」
『ハハ…』

普段温厚な彼がこう言うくらいだ。こういう話はトイレに籠ってやればいいのに。そんな私にじろっとした視線を送る紫原君に気付いた。


「ていうか響ちんもそうなんでしょ?」
『へ?』
「室ちんの人生を堕落させる手伝いしてんじゃねぇの?」
『堕落ってね…悪いけど貢いだことなんてないしただのセフレだよ』
「ふーん。まぁ室ちんも来るもの拒まずだしね」
『世渡り上手とも言うよねアレ』
「かなり美化した言い方だけどね〜」

美化とは言うけど結構本気でそう思う。なんだかんだ最後までうまく渡りきることができるんじゃないかって。


「響ちんセフレの割には痕ついてないね」
『は?!…ああ、見える場所に付けなきゃいいって言ってるから。でも寝相の悪さには参るけどね』

そんな私の言葉にぎょっと目を見開く紫原君にこっちの方がぎょっとした。真昼間にする話でもないしちょっと露骨すぎたかもしれない。


「ねぇ…室ちんとエッチする日ってちゃんと帰ってんの?」
『へ?』
「帰り。駅まで送ってくれてんでしょ?」

鬼気迫るというか、ちょっと鋭い視線にで見下ろされてしまってちょっと焦る。ていうか私が懸念していたことを突っ込むどころか完全にどうでもいいことの方を突っ込んでくる紫原君に首を捻ることしかできない。


『何に怒ってんのか分かんないけど帰ってないよ。ていうか帰るに帰れないし』
「………」
『惚気話じゃないことを前提に聞いてほしいけど氷室って綺麗な寝顔のくせに寝相すこぶる悪いじゃん。私が先に目覚ましても腕やら脚やら絡みついて解けないし。だから諦めてるだけだよ』
「それ…」
『…え?』

どうやら紫原君は怒っているわけではなくて、氷室のベッド事情について単純に驚いているらしい。でもまだ何か言いたそうな顔だ。


「室ちんのそういう話腐るほど耳に入るしうちのクラスにもいるけどさぁ…室ちんの寝顔見たっていう話今まで一度も聞いたことなかった」
『……?』

考えてみれば私も私で帰ると自分の口から言ったことはなかった。ていうかだいたい寝落ちしてて終電も終わってたのもある。氷室も起きないし満喫行くのもなんかダルイし…あ、もしかしていいように氷室のこと利用してたのかも。

それはそうとあれだけ寝顔が綺麗なら話題になるはず、だよね?


「言っとくけど俺でも室ちんの寝顔見たことねぇし」
『え?合宿とかでも?』
「あの人だいたい夜抜け出してそこらへん放浪してたし。警戒してんじゃねーの?」
『氷室って実はそっちなの?』

と言ったところで今度は口が半開きになっていた。何も言わないものの完全に小馬鹿にしてることだけは分かった。


『冗談真に受けないでリアクション困る』
「それはこっちの台詞だし!…だから要するに、」
『おう?』
「それが無意識ならそれって響ちんなら安心できるってことじゃん」
『喜んでいいのか分かんないけどいろいろ情報をありがとう』

分かったようで分からない。でもその日の夜また氷室の部屋に遊びに行ってやることヤって時間を見れば終電にはまだ間に合う時間だった。


『じゃあ私帰るね』
「分かった、じゃあ俺もそこまで送るよ」

あ。これが噂のお見送りコースか。なんて一人で納得。エレベーターの階数が段々減っていくのをボーっと見ていると目的階数の1階に辿り着いた。


(お…?)

扉が半分開いたところでなぜか閉じてしまう違和感。それから何故かエレベーターの隅に追いやられていた。


『…氷室?』
「ごめん。やっぱり返したくない」

今になって気付いたけど壁に追いやる氷室の腕は開くボタンではなく、掌で閉じるボタンを覆っていた。


『っ!?』
「ほら、抱き枕がないと眠れないって言ってただろ」
『ってもう動き出してんだけど』
「うん。だからもう一回戻って、」


(―っ!)

続き、しよう?そう耳元で囁かれた瞬間腰から崩れ落ちそうになった。何これ、殺傷力えげつない。


(あー…)

結局今日も帰れないのか、と諦める私をベッドに誘い込む氷室の隣に座った。

紫原君から教えてもらったことは実証できなかったけど、でも氷室が安心できる唯一の女が私なら、それはそれで悪い気はしないのかも。
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