その夜は、寒くて、雪が降っていた。


「優姫」

「零」


振り向いた優姫に零は珍しく
穏やかな笑みを浮かべた。

優姫は窓を開けた部屋から、
静かに積もる雪を見つめていた。
肩にかけられたストールだけでは
寒そうに思えた零は優姫に断り
彼女の部屋のソファからブランケットを
取り彼女にかぶした。


なにするの、と言いながらも
優姫自身とても穏やかに零の行為に
過剰に頬を膨らます。

そんな零は彼女を見つめながら、
愛しい宝物を見るような目で
優姫の髪に優しく触れた。

三年と少し前に枢と対峙した際に
アルテミスでバッサリと切られた髪は
以前の長さに戻り、
ゆったりとしたこげ茶の髪が揺れるのを
零は心なしか楽しそうに見ていた。



「...もうすぐだな」

「うん」

「あっちに行ったら、
あまり会いに行けなくなるかもしれない。」

「わかってるよ、協会長さん」

「なるべく、会いに行く。」


そう、と呟いて優姫は目を閉じて
ソファに体を傾けた。

懐かしい雪の香りは、
昔のことを思い出させる。



「お前が純血の吸血鬼だと知ったのも、
こんな雪の夜だった」

「うん...そうだった。
私は零に会いに行ったけど、
部屋に入れなかった。」

しかもブラッディローズ扉越しに向けられたし、
と文句ありげに言えば零は、

「あの時は仕方なかっただろ」

「まあそうだね。
あ、しかもそのあとキスしてきた!」

「あー、まあ、あれは。
さよならのキス、ってやつ?」

「意味わかんないよそれ」

ははっ、と笑う優姫に零もつられて目尻を緩める


あの時は次あったら殺す、
じゃあ逃げ続ける、なんて
言っていたのがすごく前に感じる。

ーーーいつかはあの短かったけれど、
黒主学園で暮らした日々を
忘れてしまうんだろうか。


永遠の命を持つ純血種にとって、
数年などはあっという間なのだ。

ーーー大切で、限りなくいとおしいあの時間は
やがて一瞬のものと扱われてしまうのだろうか




「...夜風に当たりすぎたな」


無口になった優姫を気遣い、
零は窓を閉めた。
外はまだちらほら雪が降っていた。

優姫はなにかを考えているようだった。



「ほら、そろそろ寝ろ。
リビングで宴会開いてたアホ共も、
もうみんな客室に行った」

今日の夜は優姫がしばらく
遠方にある瑠佳の別荘で
暮らすことを受けて、
英や一条、理事長などが玖蘭邸に集まり、
先程まで宴会騒ぎを起こしていたのだ。


「うん、ありがと零...」

「気にするな、俺もお前が寝たら寝る。」

「...零、」

「...なんだ?」

「ちょうだい...」

「...わかったから、ほら。」

きていたシャツのボタンを外し、肩に手をかけ
入れ墨のはいった首筋に顔を埋めーーー、


その瞬間、ふわりと薫る、ソレ。

窓をぼんやりと見つめる瞳に映ったもの。












「...枢...?」



一瞬だけ、窓をちらつく雪に交じって
蝙蝠が窓の外から中を見た気がした。

あれは、あの蝙蝠はーーー



そう思うと優姫は走り出していた。


「おい、優姫っ?!」



いきなり走り出した優姫に驚き一拍遅れつつも
続いて零も走り出す。

彼女は部屋を飛び出し、
玄関へ向かっているようだった。


くそっ...
あんだけ走るなと言って、
転ばないように、ケガをしないようにと、
周りが気遣っていたというのに。

優姫が転ばないかという心配と、
なぜ彼女がいきなり走りだしたのか、
という疑問がごちゃまぜになって、
零の頭を抱えさせる。

でも、今はーーー




「おい優姫走るな!!
転んだらどうする!!」


そんな風に叫ぶ零の声も聞こえず、
優姫は玄関に向かって走っていた。

愛しい人の分身が、はっきりと窓の外にいた。

やはり枢は生きているーーー?



この三年と少し、待ち焦がれた。
あなたを待っていた。


私を、迎えに来てくれたの?

会いに来て、くれたの?





ーーーーーでも、




玄関を開けた先にはなにもなく、
外を降る雪だけが真っ白に積もるだけだった。



「枢...」


呟いた声に誰も答える様子はなく、
目を潤ませた優姫は膝から崩れ落ちた。




「この、バカ!」

少し遅れて追いついた零は大分本気で
怒っているようだった。

ゼェゼェと息を吐きながら、
冷たい雪の上で座り込む優姫を
苦しそうに見つめる。



「お前はいま普通の体じゃないんだ。
あんまり無理するな」

「...」

「優姫...玖蘭枢が...いたのか?」


三年と少し前にあった戦いで、彼は姿を消した。

炉の心臓は彼のものなのかもしれないし、
彼以外のものかもしれない。

だがそれは当人しかわからず。


玖蘭枢もいずれとして行方がしれなかった。




「わから、ない...」

小さく落とされた声に、零は眉をひそめた。

玖蘭枢は生きている。

世間では行方不明とされ、
おそらく炉の主となったと考えられていても、
血の関係がある優姫と零だけは
枢の生存を感じ取れているはずなのだ。

生きているなら、何故優姫を迎えに来ない。
いつかの雪の夜のように、彼女を攫いにきて、
そのままどこかへ雲隠れして仕舞えばいい。

時間が経った今でも、
彼女は枢を待っている。

だけど、今はーーーー



「とりあえず、部屋へ戻るぞ。
ーーーお前は今妊娠してるんだ。
こんな雪の中にいるのはだめだ。」






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