「あのね、枢さまっ」

「なに?優姫」

数ヶ月前に会った際に彼がプレゼントした
自分より少し小さいクマのぬいぐるみを
胸に抱え、クリーム色のワンピースを着た少女に
彼は微笑みかけ手を伸ばす。

いつもならすぐに彼の手を取る少女は
今回は少し困ったような顔をして、
彼の後ろに佇む養父をちらりと見る。


「ごめんなさい...枢さま...」

「...いきなりどうしたの?優姫」

ふわりとした優しい笑みを落とす大好きな人に
彼女は困ったように眉根を下げる。

「...優姫は、今日は枢さまに触れないの...」

悲しそうな顔をみせる彼女とは裏腹に、
笑顔の美少年の笑みがぴたりと固まった。









「...私、そんなこと言ったんですか」

「そうだよ。
あの時ほど、僕が辛かった瞬間はなかった。」

「...すいません。」

「はあ...いまも君は敬語、か...。」

「...それとこれとは別だと...って、
どこ触ってるんですかお兄さま!」

「別に...今はこうやって優姫に触れる距離に
いれることが嬉しくて。」

「...おにいさま、」

「本当に、君に触れられないと言われた時、
僕がどんな気持ちだったかわかる?」

「...私、おにいさまに結構ひどいことを...」

「うん。幼心って、容赦がないよね。」

「...でも私、
なんでそんなこと言ったんですか?」

「それはね、」






「...どうして、優姫?」

「だって...優姫には呪いがかけられてて、
枢さまに触れたら、枢さまが死んじゃうって
理事長が...」

「...そう。」


彼はドアの隙間から顔を出し
こちらを伺う彼女の養父に
一瞬剣呑な眼差しを向ける。

ヒェッと声をあげドアから離れていく養父を
確認して、彼はいつものような優しい表情を
彼女に向ける。


「大丈夫だよ、優姫。
...今日は何の日か知ってる?」

「...ううん、知らない」

「今日はね、
エイプリルフールっていう日なんだ。」

「えいぷりる...?」

「エイプリルフール。
午前中だけ、嘘をついていい日なんだよ」

「そうなの?」

「うん。だから、理事長が優姫にちょっと
意地悪をしただけ。
優姫が触れても、僕は死んだりしない。」


そう彼が優しく告げると、
彼女は困惑した表情で彼を大きな瞳で見つめる。


「...ほんとう?」

「ほんとうだよ。」

「でも、もし枢さまが死んじゃったりしたら
優姫すっごく悲しいから...」

「...じゃあ、呪いを解く方法を教えてあげる」

「ほんと!?」

「うん、本当。」









「...おにいさま、その流れって...」

「なに?優姫。話はまだ途中だよ?」

「...なんとなく、
オチは想像がついてきました...」










「古くから伝わる呪いを解く方法はね、」

「うん、」

「呪いをかけられた人が
運命の人とキスをすることなんだ。」

「うんめい...?」

「深く関わりのある人のことだよ。
優姫は僕のこと、好きでしょ?」

「うんっ!枢さまだいすき!」

「じゃあ、大丈夫。
優姫が僕にキスをしてくれれば、
呪いから解放されるよ。」

「ほんとう!?」

「本当。」


そう呟きながら、膝をつき
彼女に溢れんばかりの笑みを向ける彼に、
彼女は近づいて、
彼の唇にふわりと自分の唇を当てた。


「...これで、平気かなあ?」

「うん、平気だと思うよ。
ありがとう、優姫」

そういって彼女を
くまのぬいぐるみごと引き寄せ、
頭にキスをすると彼女の顔を見て
嬉しそうな笑みを浮かべた。

それを見て彼女も、
大きな瞳を薄めて大好きな人に微笑む。


「...じゃあ、理事長がお茶を
用意してくれてるだろうから、
リビングに行こうか。」

「うん!枢さま!あのね、理事長がね...」














「...おにいさま...。」

「なに?言いたいことがあるなら言って?」

「いえ、いいです...」

「またそうやって君は僕に壁を作る。
僕はその度に胸が痛くて仕方ない。」

「...」

「あの頃の優姫は僕になんの気兼ねもせずに
いてくれていたのに。」

「...わかりました。」

何かを決心したらしい顔の彼女に、
一瞬顔を背けた彼は再び視線を戻す。


「おにいさま、では言いたかったことを
言わせてもらいますね。」

「うん」

「私、藍堂先輩が好きなんです」



二人の手前に置いてあった
お茶の用意一式と部屋に置かれた額縁のガラスに
亀裂の入る音がして、


優姫はしまったと
真顔のまま表情を固まらせた婚約者を見て悟り、

藍堂先輩ごめんなさいと
心の中で呟いたのだった。








【エイプリルフール!】



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