ーーリビングルームには沈黙が流れていた。


少し前に入れられたハーブティーは
口をつけられないまま、
すっかり冷たくなってしまっていた。

カップの主は、胸元くらいまで伸びた
ダークブラウンの髪を片側に寄せ、
本を開いたまま数十分固まっていた。



瑠佳ははあ、と溜息をついて
目の前の高貴な客人を見つめた。


「優姫さん、」

「...」

「ちょっと、優姫さん?」

「...」

「...」
「...」



瑠佳の声も聞こえないらしい彼女に
瑠佳と暁は目配せして溜息。

一体今日は何回溜息をついてるんだろう、
と思いながら瑠佳は優姫に再び声をかけた。



「優姫さん、冷めてしまったでしょう。
これ、入れ直すわね」

瑠佳がカップをとろうとして
かちゃ、と磁器が鳴った音で
やっと気づいたらしい優姫は、

「あ...はい、お願いします」


そう呟いてまた本に視線を向ける。


実際は中身を読んでなどいないのだろう。
さっきから数十分はページをめくっていない。

暁はそう思いながら、ソファで黙り込む
玖蘭の姫を見つめた。


と、同時に時計が時間丁度になり鳴る。


もう三時間か...
錐生は諦めて帰ったんだろう、
と思いながら暁は読んでいた雑誌へ
視線を落とした。





* * *




ハーブティーを入れ直すため、
瑠佳はトレイを持ちながら廊下を歩いていた。

普段ならば瑠佳とて貴族育ち。
メイドにお茶は入れてもらうことが多い。

だけれども、優姫は妊娠中で
初めていく邸で知らないメイドに
囲まれては精神安定上よくないだろう、と
別荘は別荘でも、草園家所有の割と小型目の
別荘を選んだのだ。

小型目と言っても、部屋は十前後あり、
時折今日の零のように客人が来たりなどしても
大丈夫なほどのゲストルームはある。

普段は優姫と瑠佳、暁で過ごすだけなのだから
広さは充分であった。

メイドは別館の離れに数人住み込んではいるが、
食事の際や掃除の時など、
必要な時にしか本館には足を入れないのだった。


だから今も、わざわざ別館からメイドを呼ばず、
瑠佳自らハーブティーを入れようとしていた。




「...あら?」

廊下の小窓のカーテンが少しあいていて、
そこから人影が見えた。


そんな気はしてたのよ...


そう呟いた瑠佳はキッチンにトレイを置くと、
玄関へ足を伸ばした。



* * *




遅い。

瑠佳がハーブティーを入れ直しに行ってから、
すでに20分近く戻ってきていない。



暁はちらりと時計を見て、
そわそわと落ち着かない様子で
ページを少し乱暴にめくる。

そんな暁とか対照的に、先程から
動きのない優姫は瑠佳が入ってからも
人形のようにぼうっとしていた。

一瞬寝てるいるのだろうかと数度考えたが、
よく見ると目は開いているので
やはりぼーっとしているのだろうと結論付けた。




...遅いな。


あまりに遅い彼女の到着に、
耐えきれなくなった暁は優姫を残し、
キッチンへ向かった。



* * *




「...」


ドアを開けた先に広がる、
予想していた風景に暁はほっとした。


「よお、錐生」

「...架院センパイ」

そう呟いた零の横には、座り込む瑠佳がいた。

「あっ暁!」

驚いたように声を上げた瑠佳は、
モスグリーンのロングスカートを少し
はたいて立ち上がる。

「この人、三時間もここで立っていたのよ」

「お前...災難だったな、錐生」

「いえ...」

「入ってきなさいよって言っても聞かなくて。
ここうちの別荘なんだから、
中にいる人は気にせず入りなさいよ。」

「...」

「ほら、まあ瑠佳もそう言ってるし。な、錐生」

「いや...」

「もう、鬱陶しいわよっ!
はやく中に入りなさい!
暁はこのフザケタ荷物持って行って!」

「うわ、おまえすごい量だな」

「この人と理事長からですって。
理事長も誰かさんとおなじくらい、
溺愛してるわよね。」


よいしょ、と膨大な荷物を抱えた暁と
零のコートを掴む瑠佳。

「...枢様はあなたに優姫さんを託したのよ。
あなたはそのつもりでここに来たんでしょう。
なら、きちんとして貰わないと困るわ」


だから、早く中にとりあえず入りなさい。

有無を言わさず掴まれたコートが
ほんとうにちぎられそうな勢いで、
アンティークドールのような風貌の瑠佳が、
吸血鬼とか言え思った以上に怪力なのを、
暁は呆れながら見ていた。



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