「優姫...」


呟いた声に、振り返るものはいない。
深々と雪が降り始めた道を
ゼロは一人、寂しげにアパートへ足を向けた。










殺されても、いいと思っていた。

彼女になら、あの純血種の命さえ奪える
彼女の力によって変形したソレに
心臓を突き刺され灰になっても、
それでいいと、思っていた。


ーーーだが、今は違う。

身につけたブラッディローズの気配は今は、
知りたくもなかった隣人の、
優姫が一番に愛していながら、
彼女を置いていった男の一部として、
以前とは漂う気配も違っていた。


【君の中にも、僕の毒が】


呟かれた言葉がフラッシュバックして
心臓を掴まれたような目眩がした。

そうだ、この躰の中にはあいつの血が流れている

絶対に俺の血に混じらずに、
まるでそいつ自身を表すかのように、
時折、脈のうちで暴れまわるソレーー。


だからこそ、ブラッディローズの中に
奴の気配をより濃く感じてーーー、

感じるたびに治りかけた傷口が開くような、
水の中で生きているような、
形容のできない気持ちが蘇る。



アパートについた零は慣れた手つきで
鍵を開けて、ドアを開けたーー瞬間、

バッと身を翻して躰を右に向けると
素早くブラッディローズを抜き取り、
セーフティを外して気配を伺った。



「おい、」

「あっ錐生くーん?おかえりー!」

「なんであんたがここにいるんだ」


待ち構えていたのはキッチンで
おたまを持ちながら懐かしのエプロンをつけた
理事長ーーーいまは協会長、だった。

学園にいたときのような
穏やかな雰囲気を放ちつつも、昔とは違い、
きちんと落ち着いた暗めのコートを着ている上に
懐かしのエプロンは大分浮いていた。


「錐生くん、働きづめでご飯もろくに食べない、
って海斗くんから聞いてね、
それなら久しぶりに親子でご飯食べたいなー
と思って!」

「だから、俺を親子に入れるなよ」


はあ、と溜息を吐きつつも
理事長自身協会長としてあちこちに出向き
零と同じくらい、いやもしかしたら
それ以上に忙しく大変なのを知っている。
今日とて、彼はおそらく貴族との会談に
遠方に出向いていたのだ。

そう思うとあまり邪険にもできず、
追い返すこともしないまま零は
獲物の血の付いた洋服を脱いで
ゆるゆると着替え始めた。



* * *


「錐生くん、優姫について、
調査は進んでる?」

理事長の口から出た言葉に、
零は思わず持っていた箸の動きを一瞬止めた。

「いえ...」

ほかほかと湯気を立てる食卓は
学園で暮らしていたあの頃から
ほぼ無かったものだった。

相変わらず少し隠し味が効きすぎた
理事長の料理は、
不味くはないが世間一般の美味しいからは
少しピントがずれていた。

けれど久しぶりの料理に
ケチをつけることも零はしなかった。
ーーーフォローする奴も、
ここにはいないのだから。


「優姫の行き先、知りたい?」

料理に向いていた目を零は理事長に向けた。

「知ってるんですか?」

知りたい?も何も、知りたいに決まっている。
彼女は玖蘭枢の死んだ直後、
妊娠が発覚すると姿を消した。

一緒に消えた瑠佳や暁、星煉から
きっと無事でどこかで暮らしているのは
予想がついた。

だけれど、どこにいったのかは
半年経った今でも
いまだ行方が知れなかった。

貴族は各地に別荘を持っていて、
草園家、架院家もそうだった。
もしくは彼女の家ーー玖蘭家の別荘の
可能性もある。

だが貴族がいくつほどの別荘をどこに
もっているかーーなど詳しいことは
わからず、玖蘭家ともなれば尚更だった。

もしかしたら僕は枢を見守るのに残るから
聞かされてないんだよ、なんて少し残念そうに
微笑んでいた一条家かも知れないし、

僕は枢さまの研究で忙しいから、
ついていけなかったんだからな!
ーー教えてもらえなかった訳じゃないぞ!!
忙しいから僕に遠慮しただけだからな!!

と言ったら最後零に締められたら
吐いてしまうだろう、と思われ
置いて行かれた本人だけは知らず、
父の元藍堂家の別荘かも知れないし。

とりあえず候補はたくさんあった。
だけれどそれを一つずつ探して
尋ねるには時間の限界があった。

本職がハンターで、次期協会長ともあれば
零とて探したくてもなかなか時間が取れず、
調査の進行はなかなか捗らなかった。

「わかったのなら、教えろ」

「うーん...」

「...」

「わっ錐生くん、ブラッディローズ向けないで!
そんなことしてると優姫に会える前に
逮捕されちゃうよ、って痛い痛い!
ブラッディローズ頭に押し付けないで!!」


無言でじりじりと銃口を頭にテーブル越しに
押し付ける零に、理事長は淡く微笑む。


「いいよ、そんなに知りたいなら教える。」

「っ!あいつは、どこにいるんだ?」

「と、その前に。」


にっこりと笑った理事長は
零にあるものを手渡す。


「なんだこれは...」

「見ての通り、わからない?
マタニティ雑誌だよ!」


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