「やあ。キミがイルミのお気に入り?」 「え?」
薄暗いバーの片隅。知る人ぞ知る、といった雰囲気の寂れた店で座っているメグに迷わず声を掛けたのは、ピエロのメイクを施した男だ。
「ど、どなたですか」 「おっと失礼。ボクはヒソカ」
よろしく、と微笑むと、ヒソカは遠慮なく彼女の隣席に腰掛けた。
「えっと……イルミさんとお知り合いなんですか?」 「うん、彼のオトモダチだよ」
(あ、なんか違う気がする)
そう感じながらも、深く追及出来ない空気を読み取り、彼女は曖昧に笑う。
「そうでしたか……あの、何か御用でも?」 「最近よくイルミと仕事してるって聞いたんだけど……」
ヒソカはニコニコと笑みを浮かべているものの、目は笑っていない。上から下まで値踏みするような視線にたじろぐ。
「武闘派には見えないね」
その言葉と同時に、重苦しく漂っていた空気がパッと軽くなった。彼女は少しほっとしながらも、まだ早鐘のように打つ鼓動を抑えられないままだった。
「情報屋なので……。戦うのはちょっと、かなり、本当に、苦手ですね……」 「じゃあそれ以外でイルミの気を惹く何かを持ってるんだねえ」 「えっと。情報、だと思いますが」 「イルミが特定の情報屋と仕事するのは珍しいよ」
全く引き下がらないヒソカに返す言葉も無くなり、思わず俯いてしまう。面白いね、気になるなあ、という呟きを聞き流しながらぐっと膝の上で拳を握る。
(イルミさん早く来ないかな……)
「ねぇ、何でお前がここにいるの?」
待ち侘びた声に、メグはパッと顔を上げる。 彼女とヒソカの背後。そこには表情はいつもと変わらないものの、不機嫌な雰囲気を隠そうともしない殺気立ったイルミがいた。 いつもならば怖がってしまうところだが、今回ばかりは心強い。イルミさん!と嬉しそうにメグが声を掛けると、イルミの目も心なしか柔らぐ。その様子をヒソカは珍しいものを見るようにパチリと瞬きをしながら見つめる。そしてすぐに、お気に入りのオモチャを見つけたかのような笑みを浮かべた。
「遅かったじゃないか」 「お前とは待ち合わせしてない。しかもまだ約束の五分前」 「クックック……苛ついてるね。ボクが彼女と親しくなったのがそんなに嫌かい?」 「は?どうせヒソカが一方的に絡んでたんだろ」
ギロリと睨むイルミを意にも介さず、ヒソカはすっとトランプを彼女の方に滑らせた。 そこには連絡先のようなものが書かれていたが、彼女がそれをしっかり視認するよりもずっと速く、イルミが手のひらで隠すようにトランプを叩く。バァン!という凄まじい音に、思わず彼女はびくりと肩を跳ねさせた。
「いらないから俺が捨てておくよ」 「酷いじゃないか。それは彼女に渡したものだよ?」 「関係ないね。ゴミはゴミ箱」
ビリビリと細かく破られたトランプは地面に舞い落ちる。「ゴミ箱ですらないけどね」とヒソカは愉快そうに笑う。
「とにかく俺の仕事の邪魔しないでくれる?」 「わかったよ。じゃあまたね、イルミ。それからキミも」
ヒソカがぱちんと軽くウィンクをすると、彼女は思わず真っ赤になって俯いてしまう。 イルミのオーラが強くなり、それがまたヒソカにとっては愉快でたまらない。
「まだ、彼女はキミのモノじゃない。そうだろ?」
去り際にイルミの耳元で囁かれたその言葉で、仕事どころではない騒動が起きるのはまた別のお話。
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