ある日の夕方。 一人読書をするフェイタンの携帯が着信を告げた。仕事の連絡か、フィンクスあたりからのちょっとした連絡か。何気なく画面を見れば、そこには思いがけない人物の名前が表示されている。少しだけ逸る気持ちを抑え、フェイタンはゆったりとした口調で電話を取った。
『何か用か?』 『あ、もしもし。フェイタン?開口一番でそれってすごいね!』
突然のぶっきらぼうな言葉に、メグは面食らいながらも笑っている。 普段よりも少しだけ高く聞こえるその声もフェイタンは好ましく感じた。
『お前が電話してくるなんて珍しいこともあるな。何か面倒でも起きたか?』 『フェイタンに依頼するほどのトラブルは起きてないよ。ね、今夜、空いてる?』 『今夜?急に何か』 『こないだの橋に行きたくて……フェイタン覚えてる?』
メグからおずおずと提案された先。それは先日、彼女が気に入っているのだと言っていた夜景が見える橋だった。 夜中の一人歩きはやめろと忠告していたことを思い出し、メグはそれに素直に従ったのだな、と納得する。
『ああ、覚えてるよ。それなら予定空けてやても良い』 『えー。用事によっては駄目なの?』 『ふ、駄目な場合もあるかもな』
じゃれ合うようなやり取りが心地よい。大げさに拗ねた素振りを見せる彼女を軽く宥め、今夜の約束を取り付ける。
『ふふ。じゃあ遅刻しないでよね』 『メグ。家まで迎えに行くから待てろ』 『いいの?フェイタン優しいね』 『お前がいつも危なかしいから仕方なくね』
素っ気無い返答と共に、プツッと切られた通話。 しかしその中にある優しさを理解している彼女は、暗くなった画面を見つめたまま微笑んでいた。
***
「中で待てれば良かただろ」 「あはは、もうすぐ会えると思ったら何かそわそわしちゃって。あ、コーヒー買ってあるよ」
約束の時間。 メグは両手に持っているコーヒーを顔の横まで上げ、「最近出来たコーヒーショップのやつだよ!」と誇らしげにした。幼げなその仕草に笑いながらフェイタンはそのコーヒーを受け取る。一口飲んでみると、ほのかに混じるフルーティーな味わいに重めの苦み。お決まりの「悪くないね」がフェイタンの口からこぼれたのを聞き、彼女は嬉しそうに笑う。
二人は普段よりもゆっくりと歩いていたが、ぽつぽつと会話を続けている間にあっという間に件の橋へと辿り着いた。 相変わらずの美しい景色に、メグはほう、と溜め息をつき、フェイタンはそんな彼女の様子をじっと見つめている。
「で、悩みて何か」 「ん?」 「悩んでる時ここ来たくなる、自分で言てたことね」 「あーそっか、まあそうなんだけど」
ゴニョゴニョと小声で何か言う彼女に、フェイタンは眉根を寄せた。一体なんだと言うのか、と無言の圧をかける彼を前に、彼女は慌てる。
「……フェイタンと出掛けたら、楽しくて忘れちゃった」
って言ったら、怒る?そう小さな声で窺うように尋ねるメグを、フェイタンは思わず抱き締めてしまいたい衝動に駆られる。平静を装うが、どうしようもなく心がかき乱されてしまうのは仕方のないことだった。
「別に……悩みなんて、無いに越したことないよ」
意識して声のトーンを下げながら、フェイタンは呟くように答える。 舞い上がっていると思われたくない。その一心で何でもないように振る舞っていたものの、そんな努力も彼女の前では無力だった。
「ありがとう。大好きだよ。また誘うね」
暗い中でもはっきりと分かるほど顔を赤くしてそう言う彼女に、どうしてこれ以上我慢する必要があるだろうか。
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