あーあ。三年生の教室前なんて、なんで通っちゃったんだろう。そう悔やんでも、聞こえてしまったものはどうしようも無い。

「あ、うん。あの子ね。別にそんなんじゃないですし。まあ、こっちの世界で知り合い少ないらしいし?魔法薬学とか、た、頼られることも、ありますからな〜。仲良くしてあげてはいますが。フヒ、だ、だって可哀想だし。基礎中の基礎も分かんないんだよ?突き放すのも違うっていうか、い、一応先輩ですから」

早口で一息に話しているイデア先輩の声。間違いなく、私の話だろう。

「あれーそうなの?監督生ちゃん、最近週末はゲームしに行ってるんだって喜んでたからさ」
「よ、よろこ……へ、へえ〜?まあゲーム機も買えない貧乏学生にとっては夢のような部屋でしょうなあ。拙者部屋に人入れるの嫌なんだけど、ま、喜んでるなら仕方ないよね。デュフ、慈善活動ですわ」

別に、自惚れていたわけじゃない。
でも、そんな言い方しなくたって!

ぎゅっと下唇を噛み、そっと教室を離れる。

イデア先輩、いつもこんな言い方ばっかりしてるじゃない。煽り癖があるんだってば。照れ隠しかもよ?なんて自分で自分を慰めてみるものの、淡い恋心を抱いていた自分にとっては耐え難いショックだ。ああ、もう、聞きたくなかった。いや、うっかり告白なんてしてしまう前に知れて良かったのか?

ぐるぐると考えながらどんどん早足になるのを感じながら、ポケットからスマホを取り出す。

『すみません、今週は用事が出来たので遊びに行けません』

イデア先輩との個人チャットにそこまで打ち込んで、親指が止まる。送ろうか、送るまいか。

結局その日は夜中まで悩み、『すみません、』の文字だけ削除して送った。たとえ約束を反故にしたのが自分でも、建て前だけでだって謝りたくなんてなかった。傷付いた気持ちは時間と共に怒りに変わって、チクチクと心を突くようだった。

「……あ、返信はや、」

ピロン。既読になってすぐに返事は来た。

『ああそう。りょ』
『てか何の用事?』

そこから30秒程。

『いや別に言いたくないならいいけどw大人気の監督生様は拙者に構ってる時間なんてないよね把握把握wwwまあ拙者も暇じゃないんでむしろ助かりますわwwww』

最悪。最悪最悪。
勢いよくスマホをベッドに叩き付けた。
ぽすん、と間抜けな音を立てて伏せられたそれを睨み付け、ドスドス足音を立ててスナック菓子を取りに行く。ツナ缶も出そう。グリムとお喋りして発散だ。

先輩からのチャットを既読無視したのは初めてだった。追いメッセージ来るかも、電話来るかも、なんてほんの少しチラついた期待は、既読無視して丸二日で綺麗さっぱり消え去った。

毎週恒例になりつつあったイデア先輩の部屋でゲームをする約束もしなくなり、一緒にやっていたオンラインゲームもログインしなくなった。既読無視したままのチャットは動くこと無く、もちろん学校で会うことも無く、あっという間に1ヶ月が過ぎた。


「監督生、次の休日空いてる?デュースと街行こっかって話してるけど」
「行く!グリムは今補習中だから後で伝えとくね。一緒に来ると思うよ」
「シュラウド先輩は良いのか?前はよく休日に遊んでいたよな」
「あー、確かに!勉強とかも教えて貰ってたじゃんね。魔法薬学に強い先輩と友達だと良いよなー」
「んん……どうかな。友達では無いし……仲良いわけじゃないよ」

「……ふーん?」

あ、なんかあったな。という顔をするエースにぎくりとしたけれど、それ以上追及されることは無かった。もちろん、デュースはそんな空気には何も気付かず、街でどこのお店に行こうかとスマホを見せながら楽しそうにしている。

この二人の、この雰囲気が大好きだ。改めてそう思った。きっと愚痴を言えば聞いてくれるし、揶揄いながらも励ましてくれる。でもなんだかまだそんな気分にはなれなくて、ましてや失恋だなんて気付かれてしまうのも嫌だった。
今はただ楽しく過ごして、嫌なことは忘れてしまおう。いつか笑い話にして二人に話そう。

そう思って自分もスマホを出し、話題のお店をマジカメで探しながら笑い合う。ケラケラと笑いながら盛り上がっているのを、遠くから窺う先輩の存在には気付かずに。


「あのさあ、」

30分程の雑談をして、エースとデュースと別れた後。オンボロ寮に帰る前にグリムの様子を見に行こうと、補習をしているであろう空き教室へ向かっていると、背後から不機嫌な声が飛んでくる。
肩を震わせ振り返れば、誰もいないガランとした廊下にポツンと立っているイデア先輩がいた。

「……あ、先輩。生身で学校来るの珍しいですね」

動揺を悟られたくなくて、ヘラッと笑う。
聞いているのかいないのか、こちらの言葉を無視してツカツカと大股で近寄って来る先輩に怯む間も無く、腕を強く掴まれた。

「ちょっとこっち、来て」

グイグイ遠慮なしに引っ張られる腕の痛みに顔を顰める。文句の一つでも言おうと口を開き掛けたけれどイデア先輩の雰囲気がいつもと違う気がして、なんとなく声を出すのが憚られた。あっという間に誰もいない教室に二人きり。腕をパッと離され、そのまま嫌な沈黙が流れた。

「な、なに、黙ってるの?いつもうるさいくらい喋るじゃん監督生氏は……」

ヒヒ、と変な笑い声を漏らすイデア先輩にイラッとして目を向けると、目を右往左往させ忙しなく手遊びをしていた。

「急に連れ込んで悪口言って、一体なんですか?」
「……悪口じゃないですし。沸点低過ぎでは?ああ、最近ハーツラビュルの陽キャにいつも無駄にチヤホヤチヤホヤされてるから耐性無いの?」

前はこのくらい流してただろ、と恨みがましく睨み付けられ、舌打ちまでされる。

「私のこと嫌いなのはもう分かりましたから……。何か用事ですか?」
「嫌いなんて言ってないだろ」
「言ってなくても伝わります」

自分で言いながら、心がズタズタになっていくのを感じた。嫌い。嫌われてるんだろうな。約束反故にして連絡も無視して。いや、その前から好かれて無かったんだけど。見下していた相手に蔑ろにされて怒ったんだろうか。どこか他人事のように考えながらも、涙が溢れそうになるのを必死に堪える。

それにしても、随分と長い沈黙だな。と視線の端にイデア先輩を捉えると、震えるほど拳を握っているのが見えた。

「え、」

予想外の反応に思わず小さく声をあげると、それに呼応するように大きな怒鳴り声が響く。

「と……友達じゃないって!君が言ったんだろ!あんなに毎週毎週休みの度に、ぼ、僕の部屋来て……僕のことなんか、特別、じゃ、ない癖に!!」


「……はあ?」


私の、怒気のこもったような、そして呆れるような声にびくりと肩を震わせたものの、イデア先輩の憎悪に燃えた目は変わらない。

「せ、先輩が先に言ってたんでしょ。私のこと、友達じゃないって……」
「は?何?君にそんなこと言った覚えありませんが?」
「私にではないですけど……ケイト先輩と話してたじゃないですか。ちょっと前にですけど」
「……あ、ああ。あれね。あれか。と、友達じゃないなんて言ってないですが?別に。言ってないよね?僕。おかしいだろ。そもそも人の会話盗み聞きってストーカー?怖いですわ」
「その言葉そっくりそのままお返ししますよ」

あまりにも特大ブーメランな発言に笑ってしまいそうなのを堪えて返事をする。訳の分からないこの状況に、逆に冷静になってしまった。

「……と……とにかく、とにかく僕は言ってないから」
「でも、仲良くしてあげてる、なんて言われててすごく嫌でした」
「し、しつこいな。分かってるよ、仲良くしてやってんのはこっちの方だって言いたいんだろ?そんなの百も承知ですから一々言わなくて大丈夫だから」
「急に卑屈になるのなんなんですか?そんなこと思ってませんから。一番仲良しの先輩だと思ってましたよ。私は!」

先輩とは違います!!!とたっぷり言外に含ませ、怒鳴るように言い返す。
また嫌味言われるんだろうな……と身構えるが、一向に反応は返って来ない。

「い、ちばん?」

きょとん、という言葉がぴったりな顔。
先程までの剣幕が嘘のような可愛らしい表情に思わず毒気を抜かれ、こちらもきょとんとしてしまった。

「え?」
「拙者が一番仲良し……」

噛み締めるように呟くイデア先輩に、封じ込めていた恋心がまた顔を出してくるのを感じる。
もしかして。もしかして。いや、まさか、でも。
そんな混乱する思考を真っ二つに裂くように、イデア先輩はまた早口で捲し立てる。

「で、でも、先輩の中ではだろ。エース氏とかデュース氏とか陽キャ同級生と比べたら、」
「まだ文句言うんですか!?嘘でしょ!?」

ヒェ、と情けない声を出す先輩に、思わずそのまま畳み掛ける。

「じゃあイデア先輩にとって私はどうなんですか!?仲良くしてやってるとか!自分は別に〜みたいな態度取っておいて!酷いのはそっちじゃないですか!」

ああ、ここまで責めるつもりは無かったのに!
先輩が変な事ばっかり言うから。売り言葉に買い言葉で口からどんどん出てきてしまう。これで本当に嫌われちゃうかな、もういっそ『好きでした!』ってどさくさに紛れて言い逃げしてやろうか。

ヤケクソになりながら、「ほ、ほら、どうなんですか?」なんて半笑いになりながら、俯くイデア先輩を煽るように言ってみる。仲良しだと思ってるよ、なんて死んでも言わないだろうな、良くて陰キャ仲間とか言われるのがオチかな、と自分で想像して勝手に苛つきが募る。もう、早く帰りたい!

そんな私をチラリとも見ずにボソボソ、と何かを呟いた先輩は、そのあと突然バッと顔を上げ、燃える髪をパチパチと煌めかせながら上擦った大声をあげた。

「すすすす好き!!好きだよ!これで満足?……こんな無理矢理言わせて、監督生氏、さ、最悪っすわ!」


怒り過ぎて、自分の耳がおかしくなったのかと思った。でも、目の前の先輩が「最悪……最悪……あー告白とかキモ過ぎ草も生えない……」と挙動不審になりながらブツブツ早口で繰り返しているのを見て、それが聞き間違いや妄想じゃなかったことを確信した。

「……先輩。こんなの、ほんと、最悪です」

思わず上がってしまう口角を隠して俯く。

「こんな大喧嘩して……もっと、ロマンチックな告白出来ないんですか」
「この期に及んでダメ出しとか人の心無いの君?どうせ、ふ……振られるんだから、どんなシチュエーションだろうが同じだろ。うるさいな……」
「うるさいのは先輩もですよ」
「あのさあ、死体蹴りやめてくんないかな……。ハイハイ陰キャがうるさくしてすみませんね。もうさっさと帰ってドーゾ」

「こんな始まり、最悪です」

俯いたまま、小さく呟くように零した言葉。
これで伝わったかな。そう心配したが、落とした視線の端に映る鮮やかなピンク色の毛先を見て、杞憂だったな、とじんわり胸が温かくなった。

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