「なあ、いつまで書いてんの……?」
「んー……ちょっと待って。今イイトコロだからよっ……!」
ローテーブルに向かいカリカリと執筆作業を進める和也を見てカイジは大きな溜め息を吐く。突然家に来たかと思えば、ずっとこの調子。もう40分は過ぎただろうか。横に座り様子を伺うものの、終わる気配は感じられない。
「……家で書けばいいだろうが」
「いいじゃんいいじゃん。カイジといた方が落ち着くし、筆が進むんだよ」
「……そうかよ」
落ち着く、と言われ少し嬉しそうにしたカイジだったが、することがないのは変わらない。そして和也は、暇を持て余す彼の予想通りに、それきり何も喋らなかった。
カイジは頬杖をついたまま所在無げにぼうっと原稿を見る。アナログな原稿用紙。その小さなマスは、和也の独特な口語体の文章で埋められていた。まるで彼の口調そのものだ。カイジにはそれが和也の声で響く。空想の中で心地良い聞き慣れた声を繰り返すのだ。隣に居るのに、現実では聞こえないその声を。
『少しくらいこっち見ろよ』
真剣に取り組む姿に好感は抱きつつも、こんなに放ったらかしにされては面白くない。文字を追うのを止めて和也の目を恨みがましく見ていると、それに気付いたのかはたまた偶然か、彼の目もカイジを捉えた。待ち望んでいた筈の視線だったが、見ていたのがバレた気恥ずかしさから取り繕うように言葉を探る。
「あー……なんか飲むか?」
「ん?カイジにしては気が利くじゃん。気遣ってんの?」
咄嗟に出たにしてはまずまずの提案だろう。先程の視線を追求されず済んだことに、カイジは安堵する。
「い、要るのか要らないのかどっちだよっ」
「キキッ怒るなって!喜んでんだよこれでも……!」
そう言って機嫌良く笑いながらグッと伸びをし、続いて肩を軽く回す。
「でも今はいいや。続きは明日にするよ」
「え?もういいのか?」
「疲れたし、それに……」
和也は言葉を切ってカイジをジッと見つめる。「それに……?なんだよ」と不思議そうに続きを促されると、ニヤっと笑って隣に座るカイジの肩を抱き寄せる。
「カカカッ!可愛い恋人が寂しがってるってのに、これ以上ほっとけないだろっ……!」
抗議の声が上がると思ったがカイジは静かなままだ。珍しいこともあるものだ、と更に身体を寄せようとすると、カイジの顔が耳まで真っ赤なことに気付く。伏し目がちに自分を窺う視線。嬉しいような、悔しいような、そんな気持ちを隠すように噛み締められた唇。その薄い唇が小さく開く。
「わかってたんなら……早く構えよ、馬鹿」
ぽつりと呟かれた素直な言葉は、しんとした部屋ではよく響いた。
「……そ、そんな反応されると俺まで恥ずかしいんだけど……?」
思わず釣られて赤面する和也に、カイジは心臓を掴まれたような感覚がする。こういう顔も、するのか。そう思った時にはもう、噛み付くようなキスをしていた。