「チンチロリンって知ってる?」
アカギは唐突にそう言うと、制服のポケットから3つサイコロを出し、無造作に卓袱台へと放った。コロコロとそのままサイコロは転がる。まずは6。そして4……最後に、5。シゴロだ。
こんな何気無いことでもこの少年の持つ圧倒的な運をまざまざと見せ付けられたようで、矢木は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……知ってたら何だってんだ」
「一緒にやろう」
「……なんでお前とチンチロリンなんか……」
「喋るのもいいけど、たまには遊ぶのも悪くないでしょ」
「だからってなんでこれ……」
「だって麻雀は出来ないだろ」
当然だとばかりに言い切られる。
遊ぶといったらギャンブルしか思い浮かばないのか、と、矢木は溜め息を吐いた。サイコロを手にして軽く振ってみれば、3つの目はそれぞれ違う数字を示す。
「ちょうど外でお前くらいの子供が騒いでやがる。その年齢で普通、暇潰しにギャンブルなんかしねぇ……外にでも出たらどうなんだよ」
「ふーん……興味ねぇな」
もう一度。もう一度。
手遊びのように意味もなくサイコロを振り続けるが、シゴロは出ない。
「……学校でどうしてんだ?そもそも行ってんのか?」
「ククッ……さぁね。
そんなに俺のこと聞いてくるなんて珍しいな、矢木さん」
アカギはからかうように言った。
「お前が子供らしくないからだろ」
今更な話だけどな、と呟きふいっと視線を逸らす。アカギが「普通の子供」だったのなら、あの晩に大敗を喫する筈もなかったのだ。
コッ、という小さな音が聞こえ、サイコロの1つが落ちたのだと気付く。ションベンだ。拾う気にもなれず、ぼんやりと少年の声を聞く。
「……よくわかんねぇんだ。子供らしいとか、そういうの。同年代の奴らと遊んだことないから」
矢木がちらりとアカギを盗みみれば、窓の外の子供達を見つめる横顔は年相応のように見えた。
再び視線を外し、思わず黙ってしまう。普段なら気にせず憎まれ口の一つでも叩いてやるところだが、今は目の前の少年に嫌味な言葉をぶつける気にはなれなかったのだ。
続く沈黙に、アカギはムッとしたように言う。
「別に同情を引こうって訳じゃない。俺は好きでこうやって生きてるんだ、気遣わなくていいよ」
矢木はこういう、ふとした時に見せるアカギの子供らしい側面を気に入っていた。ギャンブルが強くとも、口が減らなくとも、その行動にはまだまだ子供なところがあるのだ。
「誰がお前みたいなガキに気なんか遣うか。チンチロはしねぇからサイコロ片付けとけよ。そしたら飯、食いに行くぞ」
グリグリと頭を撫でて立ち上がった矢木は、微かに笑みを浮かべている。
サイコロの目のようにコロコロと変わる少年を、まだ見ていたい。そう思った。