灰被り男

呪い師の言葉に、はたしてそれは正気で言っているのかと男は手元の薬研に落としていた目をそちらへ向ける。
撤回する気は無いとにまりと歪められた口元に微かな頭痛を覚えた。


昔々、覇の国に住む一人の男の物語り。
その男は今でこそ一つ所に居着いているが、元は国と国の間を渡り歩く流れ者だった。戦場を転々としながら生きる無頼の者であった。
頼る者もなく帰る場所もなく、気楽なものさと男は嘯いていたがどこまでいっても孤独である。同じような傭兵稼業の者らと酒を呑み言葉を交え共に戦ってはいたがやはりそれは変わらなかった。
ある時男を雇った国が攻め滅ぼされ男も手酷い傷で落ち延びた。常通りであるならば命まで捧げる気は無いと程々のところで見切りを付けるのだが、あまりにも疾い侵攻に――そしてあまりにも拙い采配に――逃げる機を失ったが故である。
唯一相棒と呼べる黒馬の背に負われて黒煙立ち昇る戦禍より辛くも逃れる。
蒸気立つ程汗ばんだ奔馬は国を二つも三つも越え、ようやく足を止めたのは人の手の入らぬ緑濃い森の中であった。
黒馬は膝を折り背から男を優しく落とした。その衝撃に失っていた意識を取り戻したようだ。呻き声を上げた。倒れ伏した大地は湿った土の匂いが巻き上がっている。
固く握られた筈の手綱と半ばから折れて柄しかない槍が男の手から滑り落ちた。力の入らぬ手ではそれらを握り直すことも体中に突き立ったままの矢を抜くことも叶わない。そうする意味も最早失っているのであるが。
後は死を待つばかりか。
何を残す事も無くただ一人深い森の中で野垂れ死にだと男は思わず笑い声を上げた。喉が裂けているのか血の味のする笑いを、しかし気にせず只々虚しく響かせている。
死にたくない。そう思える程に男は生を渇望出来ないでいた。ただ、せっかく相棒が生かしてくれたのにそれが無駄になるのは少しだけ残念な気がした。
ざわりと森が鳴る。
男に寄り添う黒馬が怯えたように嘶いた。
ナニかが近付く気配を感じながらもすでに確かめるだけの体力が男には無い。
重く下がる瞼に逆らうこともなく目を閉じたのである。覚めぬ睡りになるだろうと思いながらも。

さて、そんな死に瀕した男を気紛れに助けたのが呪い師の吉継であった。以来呪い師の使い走りとして、翡翠の屑やら草入り水入りの水晶に斑模様の茸やら薬の材料となる様々を星明りの洞窟や人を惑わす霧深い森の奥に拾いに行かされ、極稀に雇われ兵として戦に赴く暮らしをしている。
男は吉継へと何度か助けた訳を問うてみた事がある。その返答はと言えば目を細めて笑うのみであった。まあどうせ都合のいい下男が欲しかったとかだと検討を付けているし、そう遠く外れてはいないだろうとも思っている。
そんな日々だが男はそれが存外嫌いではなかった。何を如何したものか生き延びたのだ、態々死を選ぶ程倦んでもいない。
ある日の事、吉継に言われた雑用を男は黙々と熟していた。野山を駆け回るような類でなく珍しくも屋内での作業を任されたのである。
硬い水晶を薬研で粉になるまで挽く、根気のいる力作業だった。
男はこれが何の呪いに必要なのかまたは何の薬に使われるのか知らない。知るつもりもない。一から十まで知ろうとするのは愚か者のやる事だ。呪い師には呪い師の領分がある。傭兵には傭兵のそれがあるように。
呪い師の方は薬箪笥の前にどっかりと胡坐を掻いて枯れ枝の虫瘤を小刀で削り集めていた。が、唐突に思い付いた風にもしくはふと思い出した体で男へと声を掛けてきた。
「我がぬしを王にしてやろ」


・・・
シンデレラパロディ…と言うより話の大枠だけを使った何か、の序章
覇王様とお后(?)様が左腕…じゃなくて王女の婿探しに×舞踏会○武闘会を開く
意地悪な継母は出ないが偉そうな竜王や元気な若虎は出そう

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